幻想W 高木春夫  (稲垣足穂の周辺)

 

幻想W

        高木春夫

 

ボール紙の都會では火の子がなくなり
風船の建物が靜かに流れあるいた
まいにち、まいにち取引所の圓屋根を眺め
パイプにいつぱい花束をつめ
釘と針がねの塔へ上つたり下つたりして
玩具をこさえたら てんてんと
古新聞紙のやふな街上に散らばり
アルミニウムの靴やブリキの物尺が
電車の中やら活動寫眞の洗濯塲まで
白瓦斯につつまれながら轉ろげ廻はつた
それから眼鏡をかけた雲や
チヨコレート製の赤ん坊が晝寢をしたり
めくれた「中央公論」みたいな
裁判所前の空き地へきて
お嬢さんも奥さんも蝶々のやふに
ひらひらひらひらひら と
ダンス機械の廻るにつれ
ゼンマイ仕掛の人形みたいに踊つて踊つて
疲れたらタンサン水や鳥の玉子を飲み
帽子もスカアトもトンボみたいに
ひとつ色になつて
くるくるくるくるくるくる
海水浴塲の風車よりも速やく速やく
コンクリートも麥粉も石炭も
煙草の喫殻も鋏もカミソリも 果ては
麥藁帽子や燐寸や鷄の罐詰までまきこまれ
勸商塲のビラ繪みたいに
キネマの花火人形の中にダグラス・フヱアバンクスの
耳輪やポーラ、ネグリの蛇髪も
葉巻をくわえた金時計の海軍飛行士や
犬や猫もいつしよになつて
十七世紀のパイプオルガンの音につれ
白い鐵橋に腹を立てたり
紙卷煙草をムシヤムシヤ喰べたり
葬式用の金色の自働車が
あとからあとから追わえてきたりして
十一時から二時、四時、九時頃まで
夢みたいに暮らしてしまつて
二世紀 三世紀がくるりと廻轉したら
ダイアモンドやルビイやヱメラルドで
築港をこしらえ
月光や星の味がするお酒を飮み
砂が踊つて踊つて 夜から晝へ
晝から夜へ 煙突からは
たえまもなしに荒唐無稽の
おほきな指をした赤いシルクハツトの
紳士があらわれ
ゲラゲラゲラゲラと笑ふだらふ

 

 

 


高木春夫 虛無主義者の猫・・・
高木春夫 ダダの空音
高木春夫 眠り男A氏の發狂行列
高木春夫 水の無い景色

 

 

稲垣足穂の周 辺 目次