長靴  竹村英郎  (稲垣足穂の周辺)

 

足穂の周辺の周辺。

 

長靴       

           竹村英郎


十一月の風は軒並みの旗をゆすつてゐる。
薄雲を透す鈍い光をうけて人々は本棚のやうに默つてゐる。
わたしは聖ヂエームズ街のと或家の石段の下に立ち
ひと度は首すぢをうつ蔦におびえ
煙突の影よりも長いウエリントン公の柩を迎へてゐた。
わたしの傍の小さい女の子が
一匹の白馬の長靴ばかり乗せて守られて行くのを
じつと見つめてゐたが、急にその母の顔を仰いで、
"Mamma,when we die,shall we also be turned into boots?"つてきいたではないか。
わたしはその一瞬、
忘れてゐた遙か東の故國のことを思ひ出したばつかりに、
その子がどんな答に納得したのやらついぞ知らずにしまつたが、
もしもあの時
"Uncle,when we die,shall we also be turned into boots?"つてきかれたら!
今日はまた二月も末の晝下りを、
明るい神戸の下宿の窓に枯れ無花果の風をきき、
千八百五十二年十一月十八日の追憶にふけつてゐる。

 

 

『竹村英郎詩集』(ポエチカ社 1936)

 

竹村英郎 金魚

 

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