モダニズム短歌の番外編。東京朝日新聞の有名な企画「空中競詠」以後、結社をあげて新短歌へ移った前田夕暮の『詩歌』へ投稿された作品を中心にしています。旧制高校時代の作品で、ペンネーム三木祥彦を使っています。旧制中学時代は山本祥彦名義でアララギ系風の歌を作っていた立原が、後の詩の世界へ近づいています。後半の一部の歌を行分けして、手製の四行詩詩集『さふらん』に詩として収めているようです。
・無気味な予感を醸す
ポプラの鈍い反射。
ひた向きに流れる低い雲。
・ライオンはみがきの
広告燈がぱちぱちしてゐた。
そのとき、僕は、
自己の存在を疑つてゐた。
・しんみり、雨の音を聞いてゐると、丸顔の少女を思ひ出して来る
・パレツトの上の朱が憂鬱を皆吸い込むやうな晩だ
・屋根の瓦に、日光が水銀を流した。僕ばかり一人になつた昼
・或少女と恋に破れたやうな傷心で、
横切る真昼の白い電車路。
・光りながら、かげり乍ら
雨傘一つ行きなやんでる。
足ばかりほの白く。
・隣に坐つた少女のゴム引マントのセンジユアルなにほひ。
朝の電車。
・人混みの中でひとりぼつち。僕の足音、皆と混じりきらない !
・あのとき、ちよつぴり笑つた顔が感傷をたきつけるのだ、白い歯列(はならび) !
・消えるやうに倒れたあなたに接唇した、船の灯が一つ一つ消えて行つた
・夢で見た空だつた。際涯(はて)のない、ひつそりとして澄んだ──
・クレヨン画の飛行船に乗つて、お魚みたいに時間が流れる !
・何しに僕は生きてゐるのかと或夜更に一本のマツチと会話(はなし)をする
・夜の電燈が夜の林檎を照してゐた──赤い林檎は赤い球(ボール)だつた
・陽炎が、立つと少女(をとめ)はゆらゆらと歪んだ、それ故少女の頰はあでやかであつた
・さみしくはない、かなしくはない、ただ硝子窓に、雨が降つてゐる
・あなたが目の前に坐つてゐた、目の前に黙つてゐた。短い間の油のやうな空気 !
・人々は誰も僕に触れて来ない ! 遠くに夕方を歌ふ子供たちがゐて
・ぢつと視つめられてゐる僕は帽子のかぶり方を考へてゐた
・青空は青空だけのもの。泣いても笑つてもくれやしない。すきとほつてる
・小さくなつて飛んで行く、あの雲も──やつぱしさよならなのか
・胸にゐる擽(くすぐ)つたい僕のこほろぎよ、冬が来たのにまだお前は翅を震はす !
・日の暮れの青空が室に忍びこんでゐた、遠い何かを思ひ出させて
・昔の夢と思ひ出を頭の中の青いランプが照らしてゐる、ひとりぼつちの夜更
・編んではほごす青い肩掛──僕は黙つて動く指を見てゐる
・シヤボン玉と青いベレエ帽、すてきに愉(たの)しい今日の僕
・貝殻みたいな朝だな、明るい窓際で林檎を僕はかぢつてゐる
・何の関係(かゝはり)もない人があるいてるだけぢやないか、白い路がひつそりしてゐる
・頭のずつと奥で女(ひと)の声がしてゐた、誰か死ぬのかしら、静かな夜だな
・緑色の小筥──開けると中に、メルヘンとチヨコレートが一ぱいです
・空のはづれの日の丸の旗、白いコトリは去年のはやり唄をうたひます
・胃の痛い公園道の薄明り、僕は空に黄い火花を感じた
・行くての道、ばらばらとなり。月、しののめに、青いばかり
・花はらはら咲いて、青空、木の間に光つた。夏近づいた風のにほひ
・路、光つて濡れた、足音のない夜、顏を、雨に打たす
・長いまつげのかげに女は泣いてゐた──影法師のやうな汽笛は遠く(上海特急)
・雨あがつて夜風はひえた、遠い星座よ、よその少女が死んだといふ(或る少女の死)
・ひとり飲む水のつめたさ、青い星空、風には何もわからない──
・すきなもの、夜の青空──遠くから小馬に乗つて夢が来る !
・夢のボンボン、シヤボン玉。明るくはぢけて楽しくなつてしまう
・遠い汽車が青空の奥で音楽をやつてゐる、田舎町の冬の午后
・昨夜、温良な雨が濡らしてゐた、この景色を、(私は眠りのなかでその音を聞いた)
・梢のひとつびとつの葉に雫が。窓に列んで喬木が。……
・雨は、やまない。私は見てゐる。谿のこちらを人が行く。
・今日また、私は旅をつづけよう──山の向うに私は。さうして濡れながれ。
『立原道造全集 第1巻』(筑摩書房 2006年) 須藤松雄『立原道造風景』(笠間書院 1978年)より
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