ココアの夢
近藤正治
ギダから月が昇りかけた
星がきらきらブリキの街で
やつと電車の喰へることに氣がついたので
フイルムの中から拔けだしてきたら
あちらこちらのタイヤの影から
キユービズムの顏が笑ひを組立てゝゐた
夜は心臓が居ない丈でもうれしいね
色はココアの夢に憑かれて
ガスと油の舞臺裝置が氣にいつたので
新聞に月を包んで賣りあるき
ゼンマイ仕掛の自動車をよこ取りしたり
シヨーウインドーの中の貴婦人をさそひに行つたり
コンクリートを舐めたら酢つぱいので
群がるビルデイングの向ふへ飛んでゆき
積木細工の象牙の塔から
星類をかぢつて風とパノラマを呼ぶ私は
やがてブリキらしい音をたてゝゐた。
『GGPG』第4集 大正14年(1925年)4月
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