東京三(秋元不死男)  (モダニズム俳句)

 

・氣球浮き囚徒に奢る街眩し

・市場(いち)たけなは理髪師椅子にゐて眠る

・靑果散り日覆からからと商區覺む

・肉フライ造船工の歸路に盛られ

・造船工にパン屋の騾馬が遅れつつ

・ペダル踏む少年工に町は祭

・造船工歸り龍骨地に灯る

・耶蘇のうた嗄れ運河も落葉期(らくえふき)

・十字架の鐵鎻落葉の地に低き

・音樂堂雨露(うろ)の椅子置く園落葉

・泊つる船みな街へ向く園落葉

・夜の落葉港埠にきたり靴ひびき

・寐にかへる船のマドロスに落葉降る

・貨車の階高く港埠の草は枯れぬ

・機首掠め斷崖(きりぎし)の百合を鋭(と)く立たす

・夏山の起伏はるかに飛機あがる

・飛機墜ちぬトマト畠に茄子畑に

・梢(うれ)の飛機少年が攀ぢ少女が仰ぎ

・ルンペンら火を焚き運河薔薇色に

・クリスマス地に來ちちはは舟を漕ぐ

・魔窟の夜水兵が遇ふ白き擧手

・夜の娼婦令孃と化(な)れり可笑しからず

・夜夜凍てぬ人に娼婦に哀史あり

・製鐵所つひに女を見ざり冬

・税關吏ボール投げ合ひ海は春

・春の晝欲しや汽艇は波に白く

・給水船川口に錆び海月くる

・星凍りひと寢し汽車の灯に堰かれ

・外人と默す昇降機(リフト)に砲鳴れり

・空襲の月夜の潮がひいてゐる

・少年驛夫鋏鳴らせりクリスマス

・プール涸れ外套を着て降(くだ)る梯子

・プール涸れ競泳水路(コース)の白磁蹈むは美(は)し

・プール涸れ夏あをき淵を坂にせる

・冬木影坂にはあらずプールの壁に

・工場の枯れし球場に貨車廢(すた)れ

・木木芽ぶく銀行に銀貨こぼれる音

・交換手木の芽の朝を歸るなる

・よこたはる煙草いつぽん冬帽に

・寒潮に少女の赤き櫛が沈む

・打ちあげられ一片の靴冬濱に

・枯芝に本とボートが覆(かへ)しある

・母美しとほき干潟にゐてひかり

・高階の齒科に子が泣く花ぐもり

・少年盲(めしひ)たりラヂオ體操を忘れ從(つ)けず

・少女盲たり若芝を摘みて日に翳す

・路次に鳴り目醒時計(めざまし)猛る夏の曉

・鏡中にヨツト傾き子の熟寢(うまい)

・煙草すて娼婦しづかに海に入る

・幕のひま奇術をとめが海にゐる

・驟雨が來波間の少女色かはる

 

 

 

 

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