神谷徳重 (モダニズム短歌)

神谷德重=詳細不明。現在残っている4冊の『文藝耽美』と松岡政吉編『随想録』(1934年)くらいにしか名前のない人。『文藝耽美』の編集子のあとがきには氏の外遊中の歌とあり、『随想録』も政治家の寄せ書きのようで、両者が同一人物なら氏は政治家か外交官か。

 

墨西哥(メキシコ)」(『文藝耽美』1927年(昭和2年)5月)

墨西哥の兵士のむれは妻を率(ゐ)て 落葉のごとく道に圓寢(まろね)す

・酒店に晝も踊れり墨西哥の 黑き女とあめりかの水兵(かこ)

・酒店におどりつかれてたをやめの 膝にねむれりあめりかの水兵(かこ)

・動亂のこの墨西哥にあでやかに かゝる乙女もすみけるものか

・熱帶の樹蔭にけふも革命軍の 士官は午睡の夢まどかなり

墨西哥の乙女いぢらし戀人を いくさのにはに慕ひつつゆく

・木舟にて男の子支倉(はせくら)來つるてふ アカプルコを見てすぐる船旅


ラテンアメリカ」(『文藝耽美』1927年7月)

・森深みマドレデデイヨスの川ぞひに日本樵夫の斧の音ぞする

・筏さすマドレデデイヨスの早き瀨も危難にあはで來しやまろうど 

・南智利日はあたたかに草あほし羊飼ひつゝ君と住まばや
※「智利」=「チリ」

・夏の夜をフニンの磯に語らひし乙女よわれは君を忘れず

・停船のいく日をこゝになれそめて海に生れし戀ごゝろかな

・さはれ我が海に生れし此の心猶いつまでかつゞきゆくらむ

・とつ國に放浪の子を一人子を母なればこそまち玉ふらめ

・母は兒はうらぶれはてゝ歸るべしそのおん膝にひた泣かんため


「かんらん樹」(『文藝耽美』1927年8月)

・星あかり神はいづくにましますや
            しづけきいのりいまきこしめせ

・六月の朝の鐘鳴るエルサレム
            そゝりてたてる露西亞の寺に

・都よりナザレに急ぐ少女達
            驢馬にてゆきぬ月のさす路

・いにしゑの博士が汲みし野の井戸の
            ほとりにしげる橄欖樹かな

・二千年むかしながらにかはりなき
            星のひかりにエルサレム見る

・はつ夏やパレスタインは美し國
            連山くれぬ色むらさきに

・鐘樓や朝の勤行うらわかき
            露西亞の尼僧けふも鐘撞く

・地の鹽にわれらなり得ず死の海に
            魚住まゐてふ悲しさを見る


「常夏の島布哇(ハワイ)にて」(『文藝耽美』1927年10月)

・水夫ひとり船をのがれしサンペドロ港の秋の風さむかりき

・あゝ黑奴西印度なる國戀ふやパナマ廢墟に夕星を見て

・椰子島の夕消遙にたづねけり君と語らん岩もありやと

・キウライヤ紅蓮の炎烈くる岩世紀の末はかくもありなむ

・熱帶の一路われらは自働車にマウナの峰に雪つむを見る

・魂はいづらゆきけむしゝむらは廢墟に似たり戀のわかうど

パナマの夜 十時と云ふに紅燈の町をしたひて馬車をよびける

・紅燈の町につゞきて墓場あるパナマの夜のもののあはれ

 

 

 

 


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