渡海 戸田房子 (詩ランダム)

 

渡海

                                      戸田房子

わたしは一つの約束をした
それがすむと    そつと甲板へ出ていつた
海は杳(くら)く   そのなかに   どんな嗟(なげ)きがあるかさへ
みわけがつかないほどだつた

おとがする    何かのおとがする
海の底(そこ)から   海の底(そこ)から
あれは魚の歌だらうか
人たちは何処にゐるのだらう
遠くで眠(ねむ)つてゐるのだらうか
わたしはここにゐるのだらうか
死はやせてわたしのすぐそばにゐた
わたしと睦(むつ)まじげになにかかたらひながら

その夜    海は果てもなくひろがつてゐて限りない不安は親しくさへあつた
こごえた風が宙へのぼり    ながい時間がすぎると
星達はたがひになにか叫(さけ)びながら降りはじめた

 

 

 


「台灣日日新報」1938年6月8日
『日曜日式散歩者』(行人文化実験室 2016年9月)より

 

 


戸田房子 遠い国

戸田房子 風車の庭

 

 

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