2019-10-13 夫人 西川満 (詩ランダム) 夫人 西川満 夫人は動こうともしなかった。 夫人の腰には美しい海牛がまつわり、蒼白い月の光を浴びてぬめっていた。 おびただしい鰯の群れが漂い来たって、不透明な硝子の潮流を作ったかと思うと、もうキューポラの方へすぎて行った。 半ば海底に埋もれたドイツの汽船から、かすかなウェディング・マアチが聞こえ出した。 夫人の長い眠りはいまめざめようとしているのだ。 遠くアゾオレス高原で殷々たる礼砲が響きわたっている。 西川満 海賊その他 詩ランダム