夫人 西川満 (詩ランダム)

 

 

夫人

                                             西川満

 

夫人は動こうともしなかった。


夫人の腰には美しい海牛がまつわり、蒼白い月の光を浴びてぬめっていた。


おびただしい鰯の群れが漂い来たって、不透明な硝子の潮流を作ったかと思うと、もうキューポラの方へすぎて行った。


半ば海底に埋もれたドイツの汽船から、かすかなウェディング・マアチが聞こえ出した。


夫人の長い眠りはいまめざめようとしているのだ。


遠くアゾオレス高原で殷々たる礼砲が響きわたっている。

 

 

 

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