かっふぇ・ふらんす 鄭芝溶 (詩ランダム)

 

かっふぇ・ふらんす

         鄭芝溶(チョン・ジヨン)

 

"おお 鸚鵡(ぱろつと)さん!グツド・イヴニング !"
"グツド・イヴニング!"
ー親方(おやかた)御氣げん如何です?ー
欝金香(ちゆりつぷ)嬢さんは
今晩も更紗のかあてんの下で
お休みですね。


私は子爵の息子でも何でもない。
手があんまり白すぎて哀しい。


私は國も家もない。
大理石のていぶるにすられる頬が悲しい。


おお異國種の仔犬よ
つまさきをなめてお呉れよ。
つまさきをなめてお呉れよ。


「近代風景」(1926年12月)

 

上記は、鄭芝溶が同志社大学へ留学中に白秋主宰の「近代風景」に投稿して、絶讚された日本語詩。
それは、その前年に鄭芝溶が「同志社大學豫科學生會誌」発表した以下の詩のヴァリアントである。

 

 


カフツエー・フランス

   (一)

異國種の棕梠の下に
斜に立てられた街燈。
カフツエー・フランスに行かう。


こいつはルパシカ。
も一人のやつはボヘミヤン・ネクタイ。
ひよろひよろ痩せたやつがまつ先きに立つ。


夜雨は蛇の目のやう細い
敷石(ペイブメント)に 洇び泣く燈(あかり)の散光(ひかり)
カフツエー・フランスに行かう。


こいつの頭はいびつの林檎。
も一人のやつの心臓は蟲ばんだ薔薇。
野良犬のやうに濡れたやつが飛んで行く。


   (二)

『おゝ鸚鵡(パロツト)さん! グツドイヴニング!』
『グツドイヴニング!』
ー 親方 御氣げん如何です?ー
欝金香(チユリツプ)嬢さんは
今晩も更紗のカーテンの下で
お休みですね。


私は子爵の息子でも何んでもない
手が餘り白すぎて哀しい。


私は國も家もない
大理石のテーブルにすられる頬が悲しい。


おゝ 異國種の仔犬よ
つま先きをなめてお呉れよ。
つま先きをなめてお呉れよ。

 

*「ひよろひよろ」の後の「ひよろ」は原詩では繰り返し記号。
*「散光」は二字で「ひかり」


同志社大學豫科學生會誌」(大正14年11月 1925/11)

 

詩ランダム

 

 

 

 

『超人高山宏のつくりかた』のブック・リスト 学魔の翻訳したい本

『超人高山宏のつくりかた』はどこを読んでも面白いけれど(氏の本はどれを読んでもたいてい面白いけど)、特に私の注意を引いたのは、氏が死ぬまでに翻訳したいと書いていた本のリスト。「死ぬまでに」と書いていたかは、手元に同書が見つからないので確認できないのだけれど、そんなニュアンスで記憶している。今の氏のペースだと、全部翻訳するのは難しい可能性が高いので、それぞれの本の原題を挙げておくことにした。氏が選ぶ洋書はいつも面白いので(氏が書評誌の年末アンケート等に選ぶ洋書を愉しみにしていたのだけど、氏が降りたときはガッカリした)、もし気が向いた方は挑戦してみてください。

副題が分かるものはそれも記したけれど、副題があるとそういう本なのかと思う意外性があるものもあって、面白い。

もし勘違いで別の洋書を挙げていたら、学魔のお弟子さん達、訂正の御教示お願いします。

学魔のお弟子さんの馬場浩平さんと加藤ルーさんに確認および訂正を戴きました。ありがとうございました。

 

*フランス語→仏語、ドイツ語→独語、イタリア語→伊語で、他は英語のようです。

 


・P.バロルスキー『ウォルター・ペイターのルネサンス
Paul Barolsky "Walter Pater's Renaissance"


・E.バッティスティ『反ルネサンス
Eugenio Battisti "Antirinascimento : con un’appendice di testi inediti "(伊語)


・ミシェル・ボージュール『インクの鏡』
Michel Beaujour "Miroirs d'encre : rhétorique de l'autoportrait"(仏語)

英語版"Poetics of the Literary Self-portrait"


・D.ベル『権力のモデル』(ゾラ論)
David F. Bell "Models of Power: Politics and Economics in Zola's Rougon-Macquart"


・J.ベンダー『懲治監獄の夢』
John Bender "Imagining the Penitentiary: Fiction and the Architecture of Mind in Eighteenth-Century England"


・J.ブースケ『マニエリスム絵画』
Jacques Bousquet "La Peinture Maniériste"(仏語)


・M.ブルーサティン『驚異の術(アルテ)』
Manlio Brusatin "Arte della meraviglia"(伊語)

第4章の翻訳あり。「膨大なる労働――ヴェネツィアの『造船廠』」(「ユリイカ」1995年2月  特集・マニエリスムの現在 )


・M.ブルーサティン『イメージの歴史』
Manlio Brusatin"La Storia delle immagini"(伊語)


・ビュシ=グリュックスマン『影の悲劇』
Christine Buci-Glucksmann "Tragique de l'ombre : Shakespeare et le maniérisme "(仏語)


・M.A.コーズ『テクストの中の目』
Mary Anne Caws "The Eye in the Text: Essays on Perception, Mannerist to Modern"


・M.A.コーズ『シュルレアリスト・ルック』
Mary Anne Caws "The Surrealist Look: An Erotics of Encounter"


・R.L.コリー『パラドクシア・エピデミカ』(翻訳あり)
Rosalie Littell Colie "Paradoxia Epidemica: The Renaissance Tradition of Paradox"


・P.コンラッド『シャンディズム』
Peter Conrad "Shandyism: The Character of Romantic Irony"


・デームリッヒ夫妻の文学事典『西欧文学の主題とモティーフ』
Horst S.Daemmrich & Ingrid G.Daemmrich "Themes & Motifs in Western Literature: A Handbook"


・E.ドナート『頽廃の筋書き』(フロベール論)
Eugenio Donato "The Script of Decadence: Essays on the Fictions of Flaubert and the Poetics of Romanticism"


・F.フィッシャー『虹と驚異』
Philip Fisher "Wonder, the Rainbow, and the Aesthetics of Rare Experiences"

同書ではF.となっていたけど多分、Philipの間違いではないかと。 


・A.フレッチャー『アレゴリー
Angus Flecher "Allegory: The Theory of a Symbolic Mode"

翻訳あり。『アレゴリー:ある象徴的モードの理論 』(高山宏セレクション〈異貌の人文学〉)


・E.E.フランク『文学建築』
Ellen Eve Frank "Literary Architecture: Essays Toward a Tradition"


・M.フリート『吸収と劇場』
Michael Fried "Absorption and Theatricality: Painting and Beholder in the Age of Diderot"


・E.ギルマン『奇妙な遠近法』
Ernest B. Gilman "The Curious Perspective: Literary and Pictorial Wit in the Seventeenth Century"


・E.グラッシ『映像の力』
Ernesto Grassi "Macht des Bildes, Ohnmacht der rationalen Sprache. Zur Rettung des Rhetorischen"

翻訳あり。『形象の力:合理的言語の無力』(高山宏セレクション〈異貌の人文学〉)


M.グリーン他・『ピエロ凱旋』
Martin Green "The Triumph of Pierrot: Commedia dell'Arte and the Modern Imagination"


・C.ギエン『システムとしての文学』
Claudio Guillen "Literature as System: Essays Toward the Theory of Literary History"


・F.アリン『世界の詩的構造』
Fernand Hallyn "The Poetic Structure of the World: Copernicus and Kepler"

 

・Ph.アモン『エクスポジション』
Philippe Hamon "Expositions: littérature et architecture au XIXe siècle"(英語版"Expositions:Literature and Architecture in Nineteenth-century France")


・G.H.ハートマン『テクストを救う』
Geoffrey Hartman "Saving the Text: Literature, Derrida, Philosophy"


・N.K.ヘイルズ『コズミック・ウェッブ』
N. Katherine Hayles "The Cosmic Web: Scientific Field Models and Literary Strategies in the Twentieth Century"

以前、Amazonで電子版を無料ダウンロード出来ていたけど、今はどうなんだろう。


・J.T.アーウィン『解決という神秘』(哲学的推理小説論)
John Thomas Irwin "The Mystery to a Solution: Poe, Borges, and the Analytic Detective Story"


・G=P.ビアシン『モダニティの味』
Gian-Paolo Biasin "The Flavors of Modernity: Food and the Novel"


・M.ジャンヌレ『食と言葉』
Michel Jeanneret "Des mets et des mots : banquets et propos de table à la Renaissance"(仏語)(英語版"A Feast of Words: Banquets and Table Talk in the Renaissance")


・M.ジャンヌレ『永久機関
Michel Jeanneret "Perpetuum mobile:métamorphoses des corps et des œuvres, de Vinci à Montaigne"(仏語)


・L.ケレル『ピラネージと螺旋階段の神話』
Luzius Georg Keller "Piranèse et les Romantiques français: le mythe des escaliers en spirale"(仏語)
学魔はタイトルに副題を捩じ込んできているようですね。


・W.ケンプ『芸術という科学』
Martin Kemp "The Science of Art: Optical Themes in Western Art from Brunelleschi to Seurat"
これも、W.ではなくてM.なのではないだろうか。ご存知の方、御教示ください。


・J.コット『本質の演劇』
Jan Kott "The Theater of Essence"


・D.ローウェンサル『過去は異国』
David Lowenthal "The Past is a Foreign Country"


・A.ルーリ『驚異博物館』
Adalgisa Lugli "Wunderkammer. Le stanze delle meraviglie"(伊語)
これは展覧会の図録のようですが、現在価格高騰している模様。
"Dans la chambre des merveilles"(仏語)は20年後にフランスで同じ展覧会が催された時の図録だろうか。頁数が10頁程少ないようだけど。

 

・マサン『文字とイマジネーション』
Robert Massin "La Lettre et l'image : La figuration dans l'alphabet latin du VIIIᵉ siècle à nos jours"(仏語)
英語版"Letter and Image"
学魔の日本語訳タイトルは、内容からの意訳だろうか。

 

・R.K.マートン『巨人の肩の上に』
Robert King Merton "On the Shoulders of Giants: A Shandean Postscript"

 

,・J.V.ミローロ『マニエリスムルネサンス詩学
James Vincent Mirollo "Mannerism and Renaissance Poetry: Concept, Mode, Inner Design"

 

・G.S.モーソン『ジャンルの境界』(ドストエフスキー論)
Gary Saul Morson "The Boundaries of Genre: Dostoevsky's "Diary of a Writer" and the Traditions of Literary Utopia"

 

・C.ネルソン『受肉された言葉』
Cary Nelson "The Incarnate Word:Literature as Verbal Space"

 

・M.H.ニコルソン『〈我が人生、この長き病〉』
Marjorie Hope Nicolson "This Long Disease, My Life: Alexander Pope and the Sciences"

 

・D.パスコウ『ピーター・グリーナウェイ
David Pascoe "Peter Greenaway : museums and moving images"

 

・D.プレジオーシ『美術史再考』
Donald Preziosi "Rethinking Art History: Meditations on a Coy Science"

 

・K.ライヒェルト『ルイス・キャロル
Klaus Reichert "Lewis Carroll: Studien zum literarischen Unsinn"(独語)

 

・A.ロネル『テレフォン・ブック』
Avital Ronell "Telephone Book: Technology, Schizophrenia, Electric Speech"

 

・S.ホルツマン『デジタル・マントラ』
Steven R.Holtzman "Digital Mantras: The Languages of Abstract and Virtual Worlds"

 

・A.キルヒャー『マテーシスとポイエーシス』
Andreas B.Kilcher "mathesis und poiesis. Die Enzyklopädik der Literatur 1600 - 2000"(独語)

A.キルヒャーと聞くと、イエズス会の万能学者アタナシウス・キルヒャーと思ってしまいがちだけど、こちらは現代の方。キルヒャーの綴りも万能学者がKircherなのに、こちらはKilcherでr→lに。

 

・S.ロスバッハ『現代マニエリスム
Sabine Rossbach "Moderner Manierismus : Literatur - Film - Bildende Kunst"(独語)

 

・J.ウルフ『人文主義と機械とルネサンス文学』
Jessica Wolfe "Humanism, Machinery, and Renaissance Literature"

 

,・マレ・ロストン『奇知の魂』(ダン・マニエリスト論)
Murray Roston "The soul of wit: a study of John Donne"
Wit(機知)を奇知と訳しているということか。これも内容から意訳かな。

 

・J.ルーセ『内なると外なると』
Jean Rousset "L’Intérieur et l’extérieur: essais sur la poésie et le théâtre au XVIIe siècle"(仏語)

 

 

 

 

モダニズム短歌
モダニズム俳句
詩ランダム

稲垣足穂の周辺

日曜日的な散歩者 水蔭萍(楊熾昌) (詩ランダム)

 

日曜日的な散歩者

                                     水蔭萍人

これらの夢を友、S君に──

僕は静かな物を見るため眼をとぢる
夢の中に生れて来る奇蹟
回轉する桃色の甘美……
春はうろたへた頭腦を夢のやうに──
碎けた記憶になきついてゐる

青い輕氣球
日蔭に浮く下を僕はたえず散歩してゐる。

この呆けた風景……
愉快な人々はゲラゲラと笑つて實に愉快ぶつてゐる
彼等は哄笑がつくる虹形の空間に罪悪をひいて通る。

それに僕はいつも步いてゐる
この丘の上は輕氣球の影で一パイだ、聲を出さずに歩く……
聲でも出すとこの精神の世界が外の世界を呼び醒ますだらう!

日曜でもないのに絶えず遊んでゐる……
一本の椰子が木々の葉の間に街をのぞかせてゐる

繪も描けん僕は歩いて空間の音に耳を傾ける……
僕は僕の耳をあてる
僕は何か悪魔のやうなものを 僕の體のうちに聞く……

地上は負つてはいないだらう!
附近の果樹園に夜が下りると殺された女が脱がれた靴下をもつて笑ふといふのに……
白いその凍つた影を散歩する……

さよならをする時間。
砂の上に風がうごいて──明るい樹影、僕はそれをイリタントな幸福と呼ぶ……

 

 

「台南新報」1933年3月12日

『日曜日式散歩者』(行人文化実験室 2016年9月)より

 

 

水蔭萍 雄雞と魚

水蔭萍 短詩


水蔭萍 ドミ・レエヴ

 

 

詩ランダム

 

蝶ト貝殻(視覚詩) 三岸好太郎 (詩ランダム)

蝶ト貝殻(視覺詩)

             三岸好太郎

 

强靭ナ音響
透明ナ海ノ様ナ空
地下ニ掘リ下ゲラレタ大キナ穴
第二次色ニヨツテ作ラレタ人間ノ勞働
キリキリトマキ上ゲラレル生產的ナ音調
地獄ニ落チル雜音
白イ蝶々
青イ空ヘ吸込マレテ行ク
海洋ノ微風
射光ハ桃色ダツタ
バタ色ノ肉體
赤イ乳首ハザクロノ實ノ如クニハレテイル
角貝、平貝、のんびり貝
虛無ヨリ生活ヲ始メタ
生活トハ
イタリヤネルノ白キ觸覺ト同様ニ
嫉妬デアル
海洋ヲナデル徴風ハ
諸君ノ嫉妬ヲモナデル
砂丘ノ貝類ハ生活ナキ貝類デアル
海ノカナタノ砂丘ヲ紳士ハ散歩スル
磁石ノ白色
海藻ハ笑ヒノ祝宴ヲ始メタ
海女ハコノ際風速ダケヲ樂シム
大キナヨツトハ食料品ヲ乘セテ 40 ノ如クニ走ル
楕圓形ハ安逸ヲ暗示スル
海洋ノ砂ハ赤白黑灰赤白灰黑茶
ボートハ綠色ニ塗ラレタリ又ハ少女ニヨツテ白ク塗ラレタリスル
コノ際海洋ノ匂ヒハ必ズシモ植物的デハナイ
ジヤスミンプラス肉體ノ體臭デアツテモイイ
フオードノ抛物線ハ球體ヲ要求スル一歩前デアル
直線ハ曲線ヲ要求スル
曲線ハ必ズシモ直線ニ對比的デハナイ
蝶ノ重量ハ煙草ノ煙ニ等シイ
情緒ハケイベツサレテイイ
貝殻ノ形體ハ本能的デアル
ソレハ全ク儀禮的デハナイ
形體ニ無智デアルコトハ本能ノ主體ヲ傷ツケル
ヴイナスノ生レル貝
音樂ガ聞エル
バンドホテルノ前面ハ水ト
コンクリートアスフアルト
ヴイナスノ生レル貝
現在ヲ感覺ノ陶醉主義者トテ笑ヘヨ
黑アゲハ蝶ハ玉蟲色ノ光澤ヲホコル
白モンハ蝶ハ女性的ナ形式感情ヲ持ツ
ホテルノ鎧戸ハ白ク
外界ハ薄暮デアル
トギスマサレタテーブル
パイプノベツドハ冷ク白布ハ衞生的デアル
トランクヨリ取リ出サレタ貝殻ハ重大ナ物語リヲ始メタ
流行ニ限定サルヽ淑女ノ夜會服ヨリモ蝶ノ集團ハ美シイ海洋ヲ渡ル蝶
ソレハ習性的行動デハナイ
海ノエロチシズムハ開放的デアル
幾萬ノ蝶ガ海洋ヲ渡ル
自働車ガ雜草ノ中ヲ走ツタ
靜止シタトキ多クノ蝶ガエンヂンニ死體ヲトメテイタ
アカシヤノ枝ハヒステリツクナ線ヲ作ル
ストーブノ暖力ハ寒暖計ニ忠實ニサレル
自個ノ體積ノ動キヨリナイアトリエハ
眞空ニモ等シイ
ビロードノ壁カケハ全ク呼ビカケナイ
白キ壁ハ乾操サレタ呼吸ヲ呼吸スル
窓カラヒラヒラト飛ンデ來タ蝶ハ
呼吸シナイ白イ壁ニ足ヲトメタ
蝶ノ冬眠ガ始マル
而シ押エラレタピンヲハネノケテ再ビ飛ビ出ス事ハ自由ダ
黑イ眞夜中
低イ雲ガ平行線を作ツテイルトキ
突然ニ多クノ色彩ガ飛ビ出シタ
黄イ蝶ハレモンノ娘ノ如クニ新鮮デアル
桃色ハ享樂ヲ刺㦸スル
黑イ境界ハ婦人帽ノ如クニ神祕デアル
感覺
妄覺
水面ニ雲ノ影ガウツタ
  ×
     ×
        ×
 

 

*「流行ニ限定サルヽ淑女」の「ヽ」は踊り字(繰返し字)で「流行ニ限定サルル淑女」と読みます。

『アトリヱ』(アトリヱ社 第11巻第5号 昭和9年(1934年)5月)

 


詩ランダム

 

 

清水信 (モダニズム短歌)

 

                    る 來 が 年 新
               新
               年
               と
               は
               紙
               幣
               た
               ち
               が
               遍
               在
               す
               る
               脈
               搏
               で
               は
               な
               い
               か

 


         葉 葉 葉 葉
  風 風 風 風 風 風 風
         光 光 光 光
                 犬
               皿 皿
             耳 耳 耳
           白 白 白 白
                  !

 


              波 稀
         長      に
    を           閑
         合      用
             は  の
         せ      來
    る           客
         こ      !
               と
          に
    も
           ど
                 か
           し
     く
           ゐ
                 る。

 

 


            人                 鹿
                人        鹿
                      と
                 く       ゐ
             る                 る
                     生芝
                       樹
                       は
                       樹
                       と
                       あ
                       る

 

 

                     海  山
                     か  か
                     ら  ら
                        來 
                        る
                        鎖
                        夏
                        の
                        友
                        情

                        仙
                        人
                        掌
                        に
                        透
                        明
                        色
                        を
                        か
                        け
                        て
                        ゐ
                        る

 

照明燈
       照
       明
       燈
シーボレーを が
       あ
       ま
よけて佇てば り
       に
       す
       な
       ほ
       す
       ぎ
       る。

 

 


活字地帶

ぱつと 手をひろげて
視覺へとびこんでくる
  百貨店 ┓
  化粧品 ┃
     賣 藥 ┛
こいつら!


マルクスが云つた─
レーニンが云つた─
プレハーノフが云つた─
そして君
   君の言葉は─ ?

 

 

・                    S
朝顔の蔓にするどくのびいそぐSのかたちを追ふてます夏は

 

・                    ?
なにごとか陽にたづねてる早蕨よいぢらしすぎる疑問記號よ

 

・                   ・
莢むけば莢からぽきぽきはぜてとぶみどり句點ゑんどうの句點

 

・                    T
麥刈がすんでひろがる野を遠くどこまでゆくのかTよ電柱

 

・                     L
籾出しに白壁の倉の戸をあけるL型の鍵の春らしい音

 

・                     C
やせきつて椎の梢にほつそりと忘れられてるCの字の月

 

・靜脈の洪水を朝の空に見た燕はエクスクラメーシヤン・マークだ

 

・樹があをくいれずみをして三月は小鳥の舌からふくらんできた

 

・ひそやかにミシンの音が春さむい宵をきざんでひびくとなり家

 

・奔放な線のながれをその蔓にみせて更けてく瓜畑の夏

 

 

 

 

 

 

 

 


モダニズム短歌 目次


http://twilog.org/azzurro45854864
twilog歌人名または歌集名で検索すると、歌をまとめて見ることができます。

 

中村節子 (モダニズム俳句)

 

旧号中村節女。藤木清子や三橋鷹女のライバル的存在だったときもあるらしい。句を見つけるのが難しい。新しい句が見付かれば差し替えもあり。   

 

・朝のサロン壁畫の裸婦に對して待つ

・白い夫人靑年と對きノーストツキング

アネモネの靑きが吸えり煙草の輪

・春の蚊を打てばみどりにつぶれけり

・鶏は頭であるき大カンナ

・ゴムの木にはるけき想ひだんろ燃ゆ

・春の夢夢みし人もみしやらん

・橫を向く肩なめらかに夏の海

・海たひらか汗ふく腕に顎をのせ

・玫瑰咲けり水着の女とロシア犬

・燒けし子等足うら白く泳ぎつれ

・子鰈は平らかに泳ぎ日矢の中

・岬かすめり双蝶みだれなく海を

・海と暮れし一日白雲なくなりぬ

・雜踏にわが顔をおき春愁なり

・婚約者とほし一瞥の日の鮮しく

・腹這へば五月の海が眼にあふる

・火蛾とんで玻璃戸の月のゆがみけり

・香たいて梅雨の夜なればけはひせり

・つゆ草の紫野めづる浴衣かな

・群竹の音は風もつ星今宵

・身をつゝむ日のきびしさよ土用波

・星とんで水平線の闇にほふ

・樹林いで日傘ひらけば尺取が

・舌たるゝ犬の親子にカンナ燃え

・旅客機が白雲を衝き海を北へ

・門川は蝗飛ばしめ芹咲けり

・隠沼夜蛙鳴けり街は盡く

・眞夜覺めたり蚊帳の月光に沈みゐる

・蚊帳の月光枕邊の本濡れし色に

・蚊帳の月光活字は黑く讀むに耐ゆ

・苔ふかし蜥蜴の空に餌ありぬ

・蜥蜴みる窗に黑蝶低く來たり

・白雪にまろび碧空あるはさみし

・暖房や人を憎みしこともとほき

・ともに踏む黃葉の道に浪ひゞき

・化粧して晴れしこころに入り來しひと

・春雷やイチゴミルクを少年と

・風やさし圓柱により人待てば

・少年工泳げり水着を着たる無し

・セロをきくむらさきこゆき秋の人

 

銃後俳句から

 

・稲妻す湖底に屍相寄れり

・化粧するは愉し戦の最中(さなか)なれど

 

 

※玫瑰(まいかい)=ハマナス

 

モダニズム俳句 目次

 

 

すずのみぐさ女 (モダニズム俳句)

 

田中みぐさ女→すずのみぐさ女→関口みぐさ女と号を3度も変えているので句が探しにくい。今後新しい句が見付かれば句の差し替えもありか。
新興俳句の中でもモダニズム俳句と呼ばれるのは一般的に昭和10年前後の句に多いようだ。「白」「薔薇」はモダニズム語彙。


・扉に立てるガルソン靑き春服を

・吾子の服しろければ白き薔薇を繍ふ

・春雪の降れば吸はるゝ砂丘かな

・春曉の地震(なゐ)は響らぐ玻璃の水

・春愁やピヂヤマの胸の朱(あけ)の紐

・春愁のかゝへいだせる筑紫筝

・春曉の素きもめんの肌じゆばん

・泣き呆けの腕のしびれ白薔薇

・髮洗ひ今日の安さを愉しめり

さみだれや句ごころありて强からず

・若楓溢れる水は飮めるみづ

・若葉海眞天の日に蝶飛べる

・白きものましろになれと洗濯す

・蟲干や少しひもじく衣たたむ

・萩しろく立ちいづるとき日向あめ

・秋の蚊にさゝれてみたる腕かな

・黃おしろい秋の貌をばつくるなる

・岐れ路のひとのおもひに咲く野菊

・秋さびの思慕もち酒を暖むる

・繕ひし足袋はくことの親しさは

・枯草に狆はくさりのねのひきぬ

・雪晴の視野が昏むと小手かざす

・冬の夜や足をのばしてねてもみる

・さかんなる水勢に菜を打たせつる

・菜を漬けて氣易きおもひありにけり

・ゆでしものまさに冷えて水にありぬ

・壁は黃にカロリー表は繪を添ふる

・しづごころ白磁の皿を拭きかさね

・秋立つ日簾きりりと捲きあぐる

・湯に浸り嬰児の臍窩華のごと

・豆腐やがたそがれの水あけてゆく

・わが旅の黒手袋のゆびぞ透き

 

銃後俳句から

・我家の柿をたうべて人征 きぬ

・ばんざいばんの底にゐて思ふ

・人征きし部屋の燈を消し步く

・人征きしあとの畳に坐りつる

 

 

 


モダニズム俳句 目次