2018-05-01から1ヶ月間の記事一覧

光の氷花  乾直恵  (詩ランダム)

光の氷花 乾直惠 僕は吸入器の天使らに慰安を求めなければならない。垂した白いエプロンに、一ところ肺臓型の汚點(しみ)がある。 僕は規則正しく服藥しなければならない。手のオブラートは薄い。去つて行つた戀人のやうに。 僕はレントゲン光線の前に立たせ…

朝は白い掌を  乾直恵  (詩ランダム)

朝は白い掌を……… .. 乾直惠 朝が白い掌を私の額に翳す。私は新しい翼を生やす。 私は窓を開く。家家をめぐつた樹木は、もはやみんな葉をふるつた。それは約束された切手のやうに、吹き曝らされた小庭の隅や軒下に聚り、毀れた私の人生觀とともに蹲まる。 私…

村  乾直恵  (詩ランダム)

村 乾直惠 村の端れの傾斜した、公衆自働電話。破れた硝子戸に、千切れた夕雲が流れてゐる。水車番の腰のやうな把手が嗄れたその聲のやうな呼鈴の音が、遠い岬の松籟をひびかせる。 悪いことをした覺えはない。 だのに、私は送話器の雲母の 谿間から、この世…

雪  澤木隆子  (詩ランダム)

雪 澤木隆子 いたく初雪の積つた晩消えがてのピアニツシモは鍵にふるへて古風な情緒を呼び 冷えてくる體内(からだ)に 何かあはれなよろこびの如きもの漲り 白い その雪の葩(はなびら)に埋れて こんこんと眠つてしまつた。 『Rom』(紅玉堂 1931)より 澤木隆子…

額のばら  澤木隆子  (詩ランダム)

額のばら 澤木隆子 何も言はずに莨を吸ひませう、部屋中が煙でいつぱいになつたら私も窓を開けて出て行きます。 出て行く私を憐れむんぢやありませんよ、 雲つた額には恒に薔薇を挿して居ります 『Rom』(紅玉堂 1931)より 澤木隆子 記憶澤木隆子 心澤木隆子 …

極光  乾直恵  (詩ランダム)

極光 乾直惠 あなたは三角洲の葦間から、流暢な各國語でぼくに喋りかける。 ぼくはいちいちそれを懸命に、速記する、翻譯する。──アノ橋ノ袂二、アノ橋ノアチラガワノ袂ニハ……──誰カガムカフ岸二、誰モムカフ岸二ハ…… 長い鐵橋が半分夕陽の中へ折れ込んでゐ…

海と女体  恩地孝四郎  (詩ランダム)

海と女體 恩地孝四郎 光は 激しく海をおしつけ海は いよいよ靑くひとびとはあけひろげられた遊びに原始の魂を蘇生する波をくぐり 波をくぐりさらに熱砂に身を放つ一群の生物 ⚫ 新らしい膚は烈しい太陽にをののく皮を射る赤外線足にまつはるは さざなみ ニー…

形なきもの  恩地孝四郎  (詩ランダム)

形なきもの 恩地孝四郎 朝ふり敷いた雪に散る光室のうちはまだ冷えびえとしてゐるにどこか幸福なものが心に芽ぐんでゐる瓶のヒアシンスに凝つてゐる蕾、ひえびえと冷氣のしみる肩に私は飢を感じながら、何か幸福なものを身にする朝もの捉へるものは形なきも…

画布に塗られた陰について 酒井正平 (詩ランダム)

畫布に塗られた陰について 酒井正平 繪を探すには月の無い窓を必要とする様に裝ほへる鏡の中の碧さにかたつむりの舌を意識する 畫くのは何時も人の姿 歩くのは何時もさがない美しさから 寢室に招(よ)ばれたさゝやかな饗宴の中から綠色の落雁の扉を開くと 猫…

天文  酒井正平  (詩ランダム)

天文 酒井正平 小鳥の花は咲かない事になつてゐる。そして無數の天使の叱言が足跡を付ける。 窓に盗んだ、それ故その叱言は衣裳をきてゐた、私は昔からそれを認めて居た、以前私は塋の中にゐた、つゞめられた聲を立てゝも彼等は笑はなかつた、失笑は私が覺え…

夢  小方又星  (詩ランダム)

夢 小方又星 かの女は、銀の涙をはらはらと流した。 わたしは かの女の名を知らない。姿も顔も憶えてゐない。ただ、いまも何處かで あの銀の涙だけが美しく光つてゐる ! わたしは見た、處女の眸からはらはらと星のやうな涙が夜の闇に散つたのを。あゝ 不思議…

菊  乾直恵  (詩ランダム)

菊 乾直惠 彼女が久しく寢てゐた部屋を閉め切つた。僅かに障子に穴を開け、そこから導管を差し込んだ。私は消毒器に火を點じてから戸外に出た。 私は沼の邊を歩き出した。野霧が籠めてゐた。月──月の中の蒼白い彼女の顔。彼女は絕えず痙攣する口腔から、ぺつ…

鮠  乾直恵  (詩ランダム)

鮠 乾直惠 透明體の秋氣には何一つ沈殿してゐなかつた。私は収穫後の葡萄畑に枯枝を剪んだ。木鋏の音が空に滲透した。枝の隆起した癌腫狀のところを折るごとに、白蠟性の幼蟲が蠕動してゐた。 夕暮が私に促した。 私は蟲を鈎に刺し、絲を裏の小川に垂れた。…

失踪するエロイカ 伊東昌子  (詩ランダム)

失踪(しつそう)するエロイカ 伊東昌子 日暮れてモスリンが泡立ち 草の葉の胸に人魚がする人見知りは 聴き手たちの扇子をさへ 柔げはしなく ロシアの風のやうに 帽子をとるシンデレラの目や耳は あんまり綴りを間違へると云つては困つた 伊東昌子 海の方へ伊…

白い Cabin  饒正太郎  (詩ランダム)

白い Cabin 饒正太郎 朝の海岸は梔子(くちなし)の香でいつぱいだつた。私は向日葵の咲いてゐる丘で海を呼吸した。 ああ、透徹(すきとお)つた幻想の中で白い花瓣(はなびら)が穹中(きゆうちゆう)へ陥落する。 私の記憶の航海は一枚の悲しいハンカチーフに戀を…

夜のイニシヤル  山中富美子  (詩ランダム)

夜のイニシヤル 山中富美子 檳榔樹の月の金色、かれらの蘇生よ、ほんとに奇妙な結果だつた。風は砂から生れて行つた。海のコムパクトの冷たい呼吸、十字架に接吻して濳楚な夜明けの星が石に變る時、泡の肉體が空に浮んで體溫のしやかな幻をかく。檳榔樹のま…

航海術  酒井正平  (詩ランダム)

航海術 酒井正平 ランタン病患者の告発した所によると東部の風はもうこちらには吹かない。西部にある牧野はすべて任せてもよい。 この陸地不透明な潤散が犯しておる。それはひとつのコイル線によりあなたを海の部分にした。 『小さい時間:酒井正平遺稿集』(1…

窓  酒井正平  (詩ランダム)

窓 酒井正平 ~テニスなどして海のそばから帰つてくると水色のシヤ ツがぬれてゐる アマチユアだといふ昔の友が小娘た ちにおしへてゐる ~「ボキヤブラリイ」の地方で リボンをむすんだ蝶々 が死んでゐる 「アレゴリイ」の村で 画家は村夫子 とあそんだ ~アン…

落下する物質  水町百窓  (詩ランダム)

落下する物質 水町百窓 裝飾物に落ちかゝる夜、あゝ、涯しないこの下降を支へて僕が居る。窓から忍び込む夜、夜の奥の一つの形態、カーテンを捲き上げると、地球が僕の目の中へ月をはめ込む。僕は僕の内側に海鳴りを感ずる、肉體の中の月の温度、輕快なるミ…