2017-07-01から1ヶ月間の記事一覧

藤井千鶴子  (モダニズム短歌)

・楼下る靑繻子の靴支那の靴は星をふみにしつめたさあり ・紙に透く蛍の靑の匂ひ、つめたい指そへて、憔悴の日をまづしく濯(すす)いでゐる ・花束のような影を落して、春の舗道をゆく、姑娘(くうにやん)のあふれ出た馬車(まあちよ)。 ・夏の地球の上を飛んで…

小玉朝子『黄薔薇』Ⅲ  (モダニズム短歌)

・朝しろく鏡のなかにある花はヴイオラのやうに音をしのばせ ・ここに咲く三味線草のこぬか花はるかに春は充ちにけらしも ・いまをかぎりにふたゝび春の光となるこの朝あけの太陽のいろ ・はだか身でおぼれゆく今朝の靑さなりえにしだの枝も春の呼吸(いき)す…

田中火紗子『土塊』Ⅱ  (モダニズム短歌)

・鳥が驅(かけ)つたあとから 秋の づぬけてしろい雨がおちた ・さびる陽にくまどれ まして 生きものの赤い顔のいろ ・一枚の陽の面へ 赤まんまが はびこつてゐる感性 ・あかるい月は、矛盾だらけの世界にのぼるのが至當である。 ・炭素のもえてるやうなその…

廣江ミチ子 Ⅱ  (モダニズム短歌)

・暗いカイエ なめらかに海をわたり 帆船はかたりと 落下した ・逆説のものがたりを寫本して夕ぐれとなるたゝまれて行く皿にともすれば明滅した ・侵蝕して人々はとほつてゐた 地圖に「あれは弗化水素といふものです ・高山植物はめがねをかけた 明るいきり…

上田穆 Ⅱ  (モダニズム短歌)

・無理な無電を受信する 怠慢な原住民よ 地球のあちらが拜火教 ・身邊(しんぺん)の妖氣(えうき) 輒(すなは)ちスヰートピイ發信の轟々(ぐわうぐわう)たる放電の川 つまり寒帯の沙漠も寛闊(くわんくわつ)さ ・勞作嫌(らうさぎら)ひな精神のHook a gyps 満月の…

兒山敬一(児山敬一)  (モダニズム短歌)

・草木みなよみがへるべし、生れきて 鳥むれわたる朝の停車場。 ・うちつれて夕空わたりゆく鳥の、この世ながらのはるかなるかも。 ・月の夜の蟲ましぐらに鳴きつづき、濃尾の原の夜となりにけり ・動きやまず 松の葉ごとの月のいろ、眼にしむときの身はほそ…

聳ゆる宮殿  石野重道  (稲垣足穂の周辺)

──旅人は際しなきシリアの広原に、バラ色の空に呼び覚まされた。香りよき一本のエジプト煙草をくゆらせるのであつた、立ちこめた夜が開き初めて、朝霧の幾重ものトバリの立ち退いた遠き東の方に、蒼空に聳ゆる、麗美なる宮殿があつた旅人は、その宮殿を、見…

上田穆 Ⅰ  (モダニズム短歌)

・散歩人種は マヌ・カンとなり 視線だけが 空間のなかで 音叉をはじく ・腦髓と 腦髓と腦髓と プランクトンだ── みじめなほどに 模索し合つて ・皮膚はみな 魚族となつて 糸のさきの 銅臭を目懸けて あつぷ、あつぷ 喘ぐ ・剝落する 音がしめやかに 蒸せて…

月夜とTABACO 田中啓介 (稲垣足穂の周辺)

──どうして今夜はこんなに靑いの。 通りすがりの女がそつとささやいた。 白い横文字の看板もコンクリイトの壁面もシヨーウインドの花園もさてはトレイドマークの赤旗もみんな水族館のハリのかなたにある。 ガス燈のマントルのうちがはにはりつけられた街。 …

水野榮二(水野栄二)  (モダニズム短歌)

・天(あま)づたふ日輪寂し碧落に炎(も)ゆるはつひにただひとりのみ ・日輪はひかり耀けさんらんと燃ゆる孤獨のつひにさびしき ・ゆふぐるる園あゆみきてしらじらし噴水はその歌を止めたり ・春淺きゆうべのこころ大理石(なめいし)のしろき階段の蔭(かげ)踏み…

本田一楊  (モダニズム短歌)

・天使の翼といふ兒をきけばいちじるき襤褸(らんる)ひかれる孤兒なりしなり ・足萎えの幼女もの言ふ陽のおもて冬ながらやはきその髪(かむろ)のひかり ・み使いの鳩とぶべかり幼ならの孤兒ならなくて神を知りそむ ・鐵の門日もすがら乗りて搖れる兒の呼べばこ…

赤い作曲  石野重道  (稲垣足穂の周辺)

『彩色ある夢』1983年版より 深夜 モモ色のカーテンを窓におとして、未来派の作曲者L・O氏は、ピアノの前に居るXXXX 古への、サラセン帝国の蒼空と尖塔に乱れて、深紅のストツキングが、騒音と、怪韻に舞踊をする 無数の音彩が、正乱として不正のうちに凝り…

廃墟  石野重道   (稲垣足穂の周辺)

足穂「黄漠奇聞」の元になった作品。 足穂がその構想を話したら石野がこの作品を作り、それをベースにして「黄漠奇聞」が書かれたと云われている。 (『彩色ある夢』1983年版より) はてしなき砂漠である。 太陽があかく砂から昇つてさうして砂のなかへあかく…

キヤツピイと北斗七星 石野重道  (稲垣足穂の周辺)

『彩色ある夢』(1983年版より) さすが、稲垣足穂の盟友というべき作品。 キヤツピイは、リンゴの頬の、キイロいネクタイの少年で、夜芝生の上に、腰を下ろして休んでゐた。あたりは静であつた、キヤツピイは星を眺めてゐたが──からだを三つの弓にして、長い…

PARE SSEUX MERITE (怠惰な偉勲) 星村銀一郎   (稲垣足穂の周辺)

勲章を吊げた天使は劇場の煙突掃除をしてゐた時に黄昏の魚の跫音がした。魚は綠色の腦膸を映寫する故に私は小鳥の睡眠する海へ逃亡する。午後は憂鬱の海の園丁の頸に波斯猫の眼を燃やす斯かる永遠の瞬刻に於て私は女優の肖像を崇拝する。それを知つた女優は…

草飼稔 Ⅰ  (モダニズム短歌)

・虹のきものの女の子 きみはみ空のお人魚 散つて消(しま)つた うろこ雲 ・しやぼん玉 しやぼん玉の偽のない色は 稚(ちい)さな音で そのやうに消えた。 ・びい玉 びい玉 稚い夢のきれぎれを さまざまな色の 絹絲にむすんだ。 ・おもひ出は ゆめと うつゝの …

下條義雄 Ⅰ  (モダニズム短歌)

・春來(はるく)ればまた生(い)くる日を美(は)しといふ光(ひか)る若葉(わかば)もとく萠(も)えいでよ ・神(かみ)ありとつゆ知らなくに少年の眉びきとほく雪を仰ぎし ・火山系北(くわざんけいきた)にきはまりゆくところわがゆきし村ありて雪をふらしつ ・花の散…

中野嘉一 Ⅱ  (モダニズム短歌)

・人家稠密ナル市街卵白(オパール)ノ娘等トビ「愛人よわれに歸れ」ト唱フ ・奇シキサラセン模様ノ春季(ハル)ノ風嗚呼麒麟ノ頸ハ梢ニ見エル ・地球儀ハ花籠ノヤウニ置カレタ手術ノメスノ光リヲ感ズル ・電柱ガ少シ傾クソコカラ熱イ血ガホトバシツテイル ・遊…