2019-01-01から1年間の記事一覧
戀愛詩 利野蒼 秋の部屋にその人の横顔がある。窓がある。重さうなカアテン。影がある。影が少し動いてゐる。俯向いた眸差。美しい手がセエターを編んでゐる 花園はかたく閉ざされてゐる。誰れのためでもない。誰れのためでもない。四阿屋には誰れも居ない。…
黄昏 林修二 音もなく闇の潮が充滿するしじまの海底に沈んで私は失明する海への幻想に追はれながら私は眞珠貝を手さぐる 私は疲れてしまつた仄かなランプの光りチヂに碎け靑いノスタルヂイアが波色に笑ひかける 遙かなる海風の響き海藻の紅い翅が女扇のよう…
短詩 水蔭萍人 A.白い曉 タイナンの鋪石道を步いて行つた人うつむいて行つた人 死の國へ……白い曉の中へ消えて行つた人 B.戀人 虐殺された女人の首……※ ※ ああ……君の戀人が笑つている 君の戀人が笑つている C.黎明 美しい夢……乳色のモヤをとおして 窓に綠りの…
風車の庭 戸田房子 いつかの日のやうにあなたはそこにたつてゐる。古風な草花をかんむりのやうにからませて。その胸は虹、瞳(ひとみ)はぬれた童話の匂ひがする。なにかそれはせつないほどの。遠(とほ)くとほく雲のはてをひかつた雪片を追つてゐる わたしは喪…
渡海 戸田房子 わたしは一つの約束をしたそれがすむと そつと甲板へ出ていつた海は杳(くら)く そのなかに どんな嗟(なげ)きがあるかさへ みわけがつかないほどだつた おとがする 何かのおとがする海の底(そこ)から 海の底(そこ)からあれは魚の歌だらうか人た…
遠い國 戸田房子 動物は一匹であるいてゐたはいいろの草原のむかうには鉛色の海が重たくひろがつてゐてわたしはその色彩のない風景がかなしくてしかたがなかつた粉土(こなつち)の道の上を 動物ははしつてゐた動物は駱駝(らくだ)ににてゐた腹がたぷたぷゆれて…
星のない夜 丘英二 こだまする騷亂の蜂起する日沒になると中毒した陽熱を吐く石に股がつて私は空に網を投げ上げる。漸くたぐり寄せた憶出を刻みつける寶石を探して歩き疲れる黄昏を焦した街燈は更に私を幻想の掌から掌に渡す。思ひきり逃避に息をきらせて安…
月光と散歩 林修二 散歩 雨、 晩秋時雨…… 無定形螺旋状の小路を登りて、独りで晩秋の味をなめて見る。 凋落と挽歌、魂と肉体、結合と離散と……音、色彩、感触。紅葉の時雨は詩の響。 虹 何もない部屋とマリヤの像と鏡。何らなすことのない夕暮細々しい思念に…
神谷德重=詳細不明。現在残っている4冊の『文藝耽美』と松岡政吉編『随想録』(1934年)くらいにしか名前のない人。『文藝耽美』の編集子のあとがきには氏の外遊中の歌とあり、『随想録』も政治家の寄せ書きのようで、両者が同一人物なら氏は政治家か外交官か…
ドミ・レエヴ 水蔭萍 1.黎明は劇しい吹雪から七日の月光を 吸つてしまつた。 音樂 と繪畫と詩の潮の音は天使の協音がした…… 音樂に於ける僕の理想はピカソのギタアの音樂だ。 黃昏と貝殼の夕暮。 ピカソ、十家架上の畫家。肉體の思惟。肉體の夢想。肉體のバ…
臨終 利野蒼 寒さに凍えた病院の一室でSは臨終であった。Sは僕に云った。……私は神奈子を愛した……と唇の激しいケイレンを感じて私は椅子から立上った。ドア口で盛装した神奈子が狡く笑ってゐる。その表情を拂ひ退ると私は廊下の窓辺に寄り沿って高価な支那製…
セエター ─罪深い恋情─ 利野蒼 窓から赤い煉瓦の病院が見える。太陽を避けるために私はカーテンを引く。 おばさんは咳をする。おばさんは病んでゐる。力ない優しい眼差が私を悲しませる。私は編棒と美しい手を見てゐる。私のセエターが出来上る時分、私はお…
或ル朝 利野蒼 私ハ陽光ノ中二立ツテキタ 黒イ私ノ影法師カラ セピア色ノ影ガ流レタ 淡イ喜ビハぱいぷノ響デアツタ らうそくノ光デらうそくノ光リト僕ノ万年筆哀レナ影ノドヨメキヲ拙ナキいんくノ汚ミヲ 友ヨ 窓辺に忍ビ寄ル 春ノ疫レト古風ナ日記ノカケラヲ…
雄雞と魚 水蔭萍花束の風は波間に青い 香氣の風よ! 夜が貝殼の愛にむせび 雄雞は季節の踊歌をうたう 墬ちるセラフイムの歌 淡白の星群は天の秘密にふるえ 湖礁の水脈に縞が流れる 魚域の上に漾ふ蝶 匂える季節の夜明である 水蔭萍(1908‐1994)本名は楊熾昌。…
瞳 Y子に贈れる…… 林修二 音もなく溢れる紫色の靜謚天使の羽音に開く紫の菫よ甘き薔薇の香漂へる清く和やかなる心の窓よその下に私は憩こう 蒼い靄にふるえる月の琴絃(いと)安らかなる森の小鳥の夢限りなき神秘と蒼き夢を湛えて白く澄んだ美はしの湖水よその…
鄕愁 林修二 心靜かに髪を嚊ぐ 尾灯(テイルライト)をつけて血管をめぐるHEIMWEG 貝殼は海の響を懷かしむ 郷愁 林修二 心静かに髪を嗅ぐ 尾灯をつけて血管をめぐるHEIMWEG 貝殻は海の響を懐かしむ ※HEIMWEG(ハイムヴェーク)=帰路(ドイツ語) 上は『林修二集』(…
喫茶店にて 林修二 回轉するレコードに乘つて回轉する無為の時間硝子のバラにも香りがあつてほしいものだ 靜脈の上に蝶がとまる理性の眞空がストローの眞空を置換える心臟に黑いリボンを飾る零の回轉 ソーダー水の泡を数へる者よ君は夢が多すぎる 喫茶店にて…
夫人 西川満 夫人は動こうともしなかった。 夫人の腰には美しい海牛がまつわり、蒼白い月の光を浴びてぬめっていた。 おびただしい鰯の群れが漂い来たって、不透明な硝子の潮流を作ったかと思うと、もうキューポラの方へすぎて行った。 半ば海底に埋もれたド…
迷路 利野蒼 絢爛な風の葬式が古廟の屋根から榕樹の迷路に出て來ると娘の眸が眞紅に燃えた 「媽祖」第9冊(昭和11年4月) 利野蒼の現在発見されている作品は全20作。その内2つが短編小説、残りは詩、その詩のうち7つが、台湾の研究者によると現在中国語訳しか…
風景ノ墓石 利野蒼 烟ノ花束 退屈ノ輪ガ夏ノ祭典二投出サレ永遠二夢見ヌ雜草ノ群 無意味二少女ノ日傘二戱レ 逃場ヲ失ツタ光線ハ少女ノ匂ヲソツト盜ミパラソルノ薔薇ヲ拔取ツテ武裝シタ木麻黃ノ葉蔭二凭レ 輦霧(レンブ)ノ香リヨ 樟ノ林ヨ寧靖王ノ寂靜ナル眠床…
テールームの感情 利野蒼(李張瑞) 南の街の舗道が感情のナイトキヤツプを被るとテールームのビクトロラは静かに悲哀の最低音から立ち上る。 無為から恋愛を造型せんとするハムレット 莨の消毒が感情のアスピリンとなったとき、棕梠の葉蔭から美しい笑ひが消…
古びた庭園 利野蒼(李張瑞) 月光を浴びて、古びた庭園の影、ゲツキツの香気に讃美歌を口ずさむ少女、その横顔。 虚空を流星の聖母は月桂冠をぬいで上天する。 天国の扉は愛の悲しい使者である。少女の柔い手には脆い。アダムとイブと林檎。少女は常に聖書(バ…
白き空間 利野蒼(李張瑞) 紫色の硝子は夜明の薔薇ではない。冬の恐怖は心臓を病む胡弓であって菊の花弁を集めない。微風に戦く性の羞恥とアラビヤの王子に恋する王女の無躾。処女のポストは生々しい虚空であった。私の頭脳は刺青した生蕃女の乳房である。 阮…