かっふぇ・ふらんす 鄭芝溶 (詩ランダム)

 

かっふぇ・ふらんす

         鄭芝溶(チョン・ジヨン)

 

"おお 鸚鵡(ぱろつと)さん!グツド・イヴニング !"
"グツド・イヴニング!"
ー親方(おやかた)御氣げん如何です?ー
欝金香(ちゆりつぷ)嬢さんは
今晩も更紗のかあてんの下で
お休みですね。


私は子爵の息子でも何でもない。
手があんまり白すぎて哀しい。


私は國も家もない。
大理石のていぶるにすられる頬が悲しい。


おお異國種の仔犬よ
つまさきをなめてお呉れよ。
つまさきをなめてお呉れよ。


「近代風景」(1926年12月)

 

上記は、鄭芝溶が同志社大学へ留学中に白秋主宰の「近代風景」に投稿して、絶讚された日本語詩。
それは、その前年に鄭芝溶が「同志社大學豫科學生會誌」発表した以下の詩のヴァリアントである。

 

 


カフツエー・フランス

   (一)

異國種の棕梠の下に
斜に立てられた街燈。
カフツエー・フランスに行かう。


こいつはルパシカ。
も一人のやつはボヘミヤン・ネクタイ。
ひよろひよろ痩せたやつがまつ先きに立つ。


夜雨は蛇の目のやう細い
敷石(ペイブメント)に 洇び泣く燈(あかり)の散光(ひかり)
カフツエー・フランスに行かう。


こいつの頭はいびつの林檎。
も一人のやつの心臓は蟲ばんだ薔薇。
野良犬のやうに濡れたやつが飛んで行く。


   (二)

『おゝ鸚鵡(パロツト)さん! グツドイヴニング!』
『グツドイヴニング!』
ー 親方 御氣げん如何です?ー
欝金香(チユリツプ)嬢さんは
今晩も更紗のカーテンの下で
お休みですね。


私は子爵の息子でも何んでもない
手が餘り白すぎて哀しい。


私は國も家もない
大理石のテーブルにすられる頬が悲しい。


おゝ 異國種の仔犬よ
つま先きをなめてお呉れよ。
つま先きをなめてお呉れよ。

 

*「ひよろひよろ」の後の「ひよろ」は原詩では繰り返し記号。
*「散光」は二字で「ひかり」


同志社大學豫科學生會誌」(大正14年11月 1925/11)

 

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