2018-04-01から1ヶ月間の記事一覧
ガラスの肖像 中村千尾サウザンクロスの下で生れた日を數へるように小さな幸福が輝いてゐる私の頰の冷たい夜 水晶のブランケツトの上に落ちた一滴の涙のように透明な日日を愛し一つの新しい希望を記錄する 二月のシベリウスよ 星の音を聞くためにこの靑銅の…
Echo's Post-mark 乾直惠 銀鼠色の手袋が、ぼくに强ひる。──もつとランプの芯をお攪き立て ! と。 光にみちたその芝園で、ぼくは幾枚もレタア・ペイパアを書きほぐす。 あなたはぼくの脚もとから、ほろほろ崩(こぼ)れる、砂丘のやうに。 そして、花が咲いて…
足穂の周辺の周辺。 長靴 竹村英郎 十一月の風は軒並みの旗をゆすつてゐる。薄雲を透す鈍い光をうけて人々は本棚のやうに默つてゐる。わたしは聖ヂエームズ街のと或家の石段の下に立ちひと度は首すぢをうつ蔦におびえ煙突の影よりも長いウエリントン公の柩を…
思出 山中富美子 綠のニグロが石段を下りる時、オリーヴは空の色に茂つてゐる、そこに伊太利の日光がさす。一片の明るい雲、時々、天使が浴みする熱帯地の雨はこはれた石柱にかゝつた。 海で死んで砂をくゞつてきた天然樹の足、若い蛇よ。月の海岸には泡が…
夜の花 山中富美子 左右の端麗な決定と悲哀とにかかはらず、かたはらまでおとづれた夜半は最早豫言を生命としない おおこの室内、すでに意味の無い輝き、沈んだガラスの神話、或ひは冷酷な無言が、死の床に時計の夢を、又はかたはな物語を傳へた。深夜のす…
海岸線 山中富美子 雲のプロフイルは花かげにかくれた。手布が落ちた。誰が空の扉をあけたのか。 路をまがつて行くと石階のあるアトリヱだ。いつもの方角へかたむいて、扉までとゞいた日影が、のびて行く所は昻奮する氣候を吐きだす白い海岸だ。そこはすつ…
朝のトレエニング 中村千尾 ガラス窓に卵形の雲が浮んでゐるそれは白いお皿の上のパンよりも美しいスプンの中でころがしてゐるとやがてクリイムの様に溶けてしまつた おしやれなチユウリツプの鉢は赤いマンキイハツトをかぶり風に吹かれながらコロラチユラで…
睡れる幸福 乾直惠 黎明(あけがた)、あなたはきつと、機織音でぼくの夢を搖ぶる。あなたの震はす指先に、露に濡れそぼつたスワン・リヴァ・デイジイが咲いてゐる。 筬(おさ)の中で、幻の星條が消えたり燈つたりする。 ぼくは渺かに、織りかけの薄絹(うすもの…
神の白鳥 乾直惠 神さまが、膝でスワンを慈しむ。御手にふれたこの拔け羽毛(げ) ! ぼくは冷たい歌を思ひ出す、塒をさがす小鳥のやうに。 ぼくはあなたの毛皮のなかへ走りこむ、ストーヴに凍(こご)えた兩手を翳すために。 ぼくはあなたのスエーター・ポケツト…
シユミイズ 荘原照子 シユミイズは疲れてゐる。うす黄ろい花粉にまみれて。 白絹のシユミイズ。シユミイズはぐつたりと、靑い壁紙にもたれてゐる。 シユミイズ。洗つても消えない、汚點をもつ。 シユミイズ。雪野(せつや)の、シユミイズ。 『マルスの薔薇 : …
魚骨祭 莊原照子 夕べ 假死した木立のうへで 侘しい手風琴を鳴らしてゐる靑い仔鴉よ 充たされないおまへの食欲よ けふ わたしは一さじの果汁を啜った昔 搖りかごの谷間にさめたそこですみれの花をたばねた而も今 此の翳ふかき白磁の食器には 膓結核 唯するど…
安西冬衛 軍艦茉莉 伊東昌子 海の方へ 伊東昌子 失踪するエロイカ 伊東昌子 南方飛行便 伊東昌子 悲劇役者 乾直恵 朝は白い掌を 乾直恵 Echo's Post-mark 乾直恵 神の白鳥 乾直恵 菊 乾直恵 極光 乾直恵 睡れる幸福 乾直恵 鮠 乾直恵 光の氷花 乾直恵 村 井…
舞踏靴 江間章子 白い帆前船の壁繪。ヴエニスの商人達が乗り込む。かつて、彼等は砂丘を越えた。波の白い炎に追はれて。 靑い提灯に火を點したあと私たちはそつと去るだらう暗闇の庭に沿つて。夜の扇子の上に月の出があつた。 風に吹かれて、けふ、私は赤い…
睡眠 山中富美子 白い叢に隠れて、眠る天の腕が私を抱きにくる。私の足が地を離れる。毛布が脱げる。身体が雲の外に出る。翼が空を切る、私は海に飛びこむ。波は私を呑み、その口から一個の石を吐き出す。寢臺の中でそれが薔薇色の肉體に變る間、天の地圖の…
苑の周圍 饒 正太郎 あらゆる草木の上に《春の聲》が弱い光の中で激しい喜悦、弦樂のアリア。 アトリエの扉が花の様に開く。ローズ・ド・コバルトの丘、續いてジヨーヌ・シトロンの丘。 小鳥は樹木の間から靜謐の苑を眺める。この無智の魚達。 神秘の森に獨…
足穂の周辺の周辺というべきか。竹中郁の周辺の詩人のようだが。 金魚 竹村英郎 ──お孃さん、なぜあなたは姿見に布をかけないのです。お孃さんは二階の窓ぎはにぐつたりと籐椅子にもたれて金魚鉢にさすたそがれの陽かげをたのしんでゐなさる。(あら、この金…
聖夜 山中富美子 海のピアノ、冬の月光の曲、 透明なオーケストラ東洋風な燭臺、 ペツトの月よ、弟よ、おまへが黒い瞳を閉ぢる様子、 おまへは思出の椅子による、黑衣の胸に手をおいて、はげしい情熱で。 壁の後におまへは立つてゐる、夜がそれをみせぬ、恐…
・大地は月に傾く斜面となり、壁となり、男一人東に向う ・地の底を河は流れ、ひとつひとつ波はかゞやき、その涯へ月は出る ・月の夜を咲き盛る桃の花、近寄ればどの花にも水のようなかげがあって ・こんな国の、こんな夜を、少年の日と同じ一番鳥がないてい…
幻想W 高木春夫 ボール紙の都會では火の子がなくなり風船の建物が靜かに流れあるいたまいにち、まいにち取引所の圓屋根を眺めパイプにいつぱい花束をつめ釘と針がねの塔へ上つたり下つたりして玩具をこさえたら てんてんと古新聞紙のやふな街上に散らばりア…
虛無主義者の猫・・・ 高木春夫 端麗なユーカリ樹のかげで南洋の少女は戀物語りをやめてしまつた、高熱百三十度の炎天の眞下に蒸氣船に曳きづられてゆく物語りの主人公の姿を凝視しながら、熱風に吹かれる鐵色の頰に水銀色の水滴を一二滴したたらせながら、…
園の中 山中富美子 タイムよりも早く樹の彼方綠の薔薇の茂みから生れてその樹かげの狂亂、風のなげき、盲目の石像の高い叢より冷たい肩の上深い綠の裡にかくれて、白い月は茂る枝々を上りながら出てゆく。空しい接吻の如く。 强い叢は派手な腕をかくして光…
中野嘉一が、足穂と似た宇宙論的世界と呼んだ小關茂の短歌です。私の印象では、シュペルヴィエルやパステルナークの詩の世界に近く感じられます。 1968年に戦前の歌を纏めた『小関茂歌集Ⅱ』から選んだので、基本、現代仮名遣いで表記しています。(将来初出を…