小沢青柚子  (モダニズム俳句)

ネット上で小澤靑柚子の句を余り見かけないので、できるだけ多く挙げてみました。

 

 

・うでまくりしたるもろての草むしり

・風搏てどなびくあたはず靑める芝

・あをぞらにたたかれバスの窓ゆけり

・森林のあをぞらに杭うつひびき

・鳩なりきみづくさあをき沼のそら

・競馬うま赤き覆面草を喰む

・あやめ咲き鴫の飼はるる水ほそく

馬鈴薯の花がなみうてりのどかわきぬ

・あをぞらが玻璃をあふれてくる机

・あきかぜはたとへば喬く鋭き裸木(らぼく)

・あきかぜにたまたま白き掌をひらく

・空氣銃黍よりひくく撃つを見き

・雪くるひバスの天井まるかりき

・まかるとて短日の陽をまれに見つ

朝顔に雨しとどなり飯(いひ)を食む

・水うてば流れながれて氷りけり

・鷺舞へり北風(きた)吹き線として流る

・ふみきりをうさぎのごとくバスに越ゆ

・日がよどみとんぼは石の痣となる

・霧がいまはがれて靑き玻璃となる

・ゆうやけがゆがんで寒くなる硝子

・あをぞらを離れて雪はしづくせり

・雪ふぶきポストは前を向かざりき

・雪ふぶきふぶきボレロの曲おこる

・麥ほめき天文臺はゆかでやむ

ペリカンが六月の陽にかわきゐる

・水族館を出てペリカンの貌とあふ

・火蛾舞へり一茶の軸は白く垂れ

・地球儀の影ゆき句集ひしめける

・かへるでの若葉つめたしひと握り

・手のひらは白く匂ひぬ走馬灯

・廢船にゐて寒鴉はたとたつ

・短日やおもちやからくりせはしなく

・幼兒ゐて聖樹の星をほしがりぬ

・藻刈舟あやつる腕の腕時計

・この觀賞魚(うを)は目高に藍を點(さ)せるごと

・闇にゐて緋薔薇の瀑(たき)が目を奪ふ

・如露の水如露をはなれて白薔薇

・如露の水緋薔薇をぬらし黃の薔薇へ

・懸崖の緋薔薇に如露を高くあぐ

・如露やめば緋薔薇のゆらぎ匂はしく

・夏雲たちよしきりのこゑ耳にみつ

・いもが欲(ほ)るものは白薔薇緋薔薇燃ゆ

・薔薇賣の不在(るす)なる薔薇をえらみをり

・瓦斯の燈を明るくひねり薔薇賣は

・月涼し月にまもられゐるごとく

・月涼し白きてのひら月にひらく

・甲板に鍛冶の火を撃ち汗垂りぬ

・梅雨寒やまひる火を焚く赤きいろに

・日にかざす麦稈帽は日に透(す)ける

・とまりたる羽根のかゞやき扇風機

・夏草のたけて花咲く花を知らず

・コスモスに夕飼のけむりゐて去らず

・こゑごゑはかりのまの闇にゐて涼し

・ほほづきはひとり遊びの子が鳴らす

・葛枯るるましらのごとく樹にからみ

・あきつ飛ぶこのよろこびを人は知らじ

・街(まち)小春白露の流民(るみん)羅沙を賣りに

・凪をゆきおなじながめの海に飽く

・霧の海わが吐く息を見ればみゆ

・霧の夜のひとかげなればかへりみつ

・鷺舞へり北かぜ靑くして染まず

・貝を剝く冬日の照りに閉づる目か

・波昏れて枯穂のさやぎなほきこゆ

・寒潮(さむしほ)に夜泊ての貨物船(ふね)は灯をいまだ

・墓碑そらをゆびさし丘のたそがれ來(く)

・鷗飛び吃水線にかつ沿へり

・黑奴をり船欄白くしてくろき

・霧降るがわびしと駱駝目はねむる

・日の丸の旗より高きもの梅雨ぞら

・あきさめはすべりて石をぬらしをり

・あきかぜに吹かれてきたる風白し

・雪とけてにごれりうつるひと澄みぬ

・生きものとともにこごえて雪のこる

・檻のなか猫がねむれりあはれなり

・木(こ)の昏れに鴉を飼ふはゆくりなき

・あきつ來と天のまほらの雲も見て

・カンナ炎え「長門」のマストそのはてに

・凧ながれひとつ入日に尾を振りぬ

・駅のまへ夜ひろびろと雨が降る

・鏡もて日をうけわれが面(おもて)をうけ

・電車ゆれ明るき電話局を過ぐ

・曇日のゆふやけにして麥そろふ

・梨の花散りてかわけり四月尽

・花なづな入日にわれらめしひたる

・うまごやし観世能樂堂敷地

・ものいはぬ馬らも召され死ぬるはや

・はたたがみ雌雄の鷄とまり木に

・夜振の火吹かれて崖を焦がすらし

・バス來れば國とりあそびふた岐れ

・夏來ては百日紅あかき墓地を忘れず

・避病院二月の木木をめぐらせり

・木の芽垣なかなる機械體操白し

・街五月眼帶のうちにわがかくれ

・秋空がカンとこはれてコツプあり

・枯園に噴水よよと立ちくづれ

・花曇すべて玉子はすかし見る

・自転車で河のまんなかまで來てみる

・松風にまみれて白く人寢たり

・風靑し電線も山を越え來たる

・理科室に赤き人體とゐるゆふべ

・赤き絲そよげり暑き日も暮れぬ

・松風にひとひらかわきゐし菫

・八重ざくら呆と見てをればみだらなる

・重湯より林檎の汁を飲み惜しむ

・鏡よりも明るき幾日ただに病む

・母よ見よ近頃の飛行機實に迅し

・骨董店黑き鎧が口をあきゐる

・おとならや木のぼりを忘れ木のほとり

・裏白き凧ぞあがれる夏の天

本願寺奥に何かあり階ほてる

・可動橋はじめてわたる顔暑く

・人妻とさりげなくをるに蚊にくはれ

冷え性の手にひときれの柿すべる

・柿食へば爪の大小も母に似る

・疲れゆき赤き月の出をかいま見に

・寒林に一箇の電車ひびき入る

・靄の夜の踏切はもだしゐるところ

・庭枯れて五六の金魚のみ赤し

・こまごまと塵の泛かべる初日かな

・子が泣けばなまじ日向のまぶしくて

・ある町の明治の屋根や冬霞

・冬の日や立て膝うすき人形師

・月の出の枝ばかりなる冬木かな

・火を焚けばふるさと匂ふゆうべかな

・歯磨粉ゆたかに含む春近み

・月夜よし山べの人は山を見む

・雪かわき自轉車りりと光り過ぐ

 

 


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