喜多青子 (モダニズム俳句)

 

 

・木枯やその風音を秘めし湖

・さんらんと陽は秋空を磨くかな

・春愁のふと聽き入りし歌時計

・蟲の夜のバネ人形の音かなし

・タイプ打つ七階の窓秋日和

・除夜の座に時計のたるむ音ありぬ

・ジヤズいよよはなやかにして年は行く

・本箱にかくし酒あり冬ごもり

・フリージヤのかぼそき莖のふるへがち

・犬が追ふ球の行方に草靑む

・クローバに一人が坐りみな坐る

・いちときに時計鳴りそむ春の晝         (時計店)

・昇降機みな春泥の靴穿ける

メーデー歌ランチに移りつゝうたふ

・籐椅子の夜もマロニエの葉蔭なる

・籐卓やシネマ雜誌と灰皿と

・籐卓や女とかこむ西洋將棋(チエス)を置く

・籐椅子の夜もマロニエの葉蔭なる

・砂日傘夜は夜でギターなど彈ける

・砂日傘異國をとめと其の一家

・噴水の高音となりし徑へ出づ

・噴水の水な底にある魚の國

・灰皿に嚙み捨つるガム夏を病む

・コスモスに給水タンク影を伸ぶ

・いわし雲少女が拭ける窓にうつる

・木柵(さく)のなか貨車の眞闇に虫鳴けり

・長き夜のシネマの闇に君とゐる

・月あげて巨椋の蓮はみな枯れぬ

・ある階の菊見て過ぎぬ昇降機

・すさまじき夜業の音の室に入る

・巨き船かゝりて港まつり來ぬ

ラグビーの脚が大きく驅けりくる

・紅き髪(け)のみだれてラガーたゝかへる

・汽罐車の來てゐる冬の埠頭かな

・揚がりゆく錨は寒き潮こぼす

・水夫みなパイプを嚙めり日向ぼこ

・移民船出てゆく冬の港かな

・スケートの異國をとめの背は高く

・スケートのたくみなる身をそらしつゝ

・春晝の泊船空をけぶらする

・春潮にかゝれる巨船(ふね)のゆるぎなき

・をとめらは春の港を見飽かなく

・鞦韆のこだまは樹々にこもりたり

・鞦韆のつかれ來し眼に虛空あり

・春雷や靴音ひくゝ階をつたふ

・きざはしのしづかなるときかぎろへる

・瀧壺はひそかに靑き夜を誘ふ

・自動車(くるま)吊る太き鎻に夏日耀る        (自動車工作所)

・薔薇の卓かひなの白く倚る夫人 

・夜の薔薇にシガーのけむりさはり消ゆ

・噴水や園生はいたく夜をふかむ

・噴水の夜目にもしるき穗となんぬ

ソーダ翡翠のあをき手が添へる

・ヨツト舁きゆけり日燒の肩たかく

・ヨツト驅るわかものの唄波にのり

・椅子に來て水着つめたく茶を喫める

・星涼し鐵骨くらく夜を聳ちぬ

・厦暑し起重機よもにはしる音

・西瓜食むいとま鑛爐の火夫にあり

・汗の顏熔鋼(ゆ)を檢(み)る眼鏡のみ靑く

・珈琲煮る瓦斯のひゞけり虫の夜の

・扉のひまに夜の颱風の街を見き

・地下步廊ひそかに街の蟬きこゆ

・地下步廊夜の洋服(ふく)しろくひとゆけり

・地下步廊出でて夏樹のみどり濃き

・秋寒し遂道とはの闇を垂れ

・汽車が來てうちふるふ闇冷かに

・汽車の噴く入庫のけむり鶏頭に

・船欄に照る月なれば人あゆむ

・この月夜船は泊つべき燈をひとつ

・街の角白堊そびえて冬に入る

・秋炎の空が蒼くて塔ありぬ

・金堂の丹は古りにつゝ散る紅葉

秋天の遠くへ電車駛り去る

・紅茶おく音がさびしく暖爐冷ゆ

・凍雲と架船と窓をはなれざる

・いたゞきに群れて靑きはパゝヤの實

・温室に充つあまき香に乙女來ぬ

・温室に充つ色彩われを繊くせる

・ゴムの葉の靑きはいはず温室あゆむ

・赤き花挿してリフトはやすみなく

・温室咲きの色彩白き卓にあふれ

・麥を踏む父のすがたの古びたり

・群集のながれに在りて憂き春ぞ

・ビルの稜(かど)かさなり氣球かすみたる

・瞑ればこがらし窓に鋭かり

・温室の花部屋あたゝめし夜を匂ふ

・わびしさは梅さへ咲くにわが病める

・おぼろ夜の街へ空氣のごとく出る

・春愁のわれ海底の魚とねむる

・枯芝に露人は老いてパン賣れり

・日向ぼこパン賣りいまも白露戀へり

・春日向ひとり「改造」を秘し讀める

・春晝の銀貨音ありカルトン

・うれひなきこゝろに春の海はある

・陰多き螺旋階段春ふかし

・遠ざかるわれ鏡底に小さくなる

・ベッドの燈ほろびて春の星燦と

・夕燕娼婦は窓にことばなく

・夢靑し蝶肋間にひそみゐき

・夢靑し肋骨に蝶ひらひらす

・腦髓に驟雨ひゞける銀の夢

・蝶のごとく瞼の奥を墜つる葉よ

・吹かれ來て草に沈みぬ秋の蝶

・叡智の書漂白の夢にくづれくる

・天才の漂白の夢書を焚けり

・書肆に繰る文藝の書の白き夏

・夏ゆうべ岸壁の船白く暮れ

・園暮れてひとゝき白し雪柳

・おぼろ夜の街へ空気のごとく出る

・ベッドの燈ほろびて春の星燦と

・死顔のためし涙よ梅雨の燈に

 

 

 

 

 

 

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