簇劉一郎 Ⅱ   (モダニズム短歌)

 

「私の庭球」

・物質の倫理を・さつと かきみだす、コオトの白い動く 斑點

・プレイヤアが 作りあげては・こわしてゆく、速力の形而上學。これは。

・ひらいた右足に・かかる重點、支へた體(からだ)のひねり バツクストロオク。

・均整された姿態がくづれて 瞬間 ボオルの冷靜。バツクハンド・ストロオク。

・物質の彈道を鋭く表現する 對角線を 白い 呼吸だ。

・速力の彈條を 一瞬 截斷して、ネツト近くのチヨツプ・プレイ。

・均衡がみだれた陣營へ とびこむ・ボオルの 時間の 蒼い 斷面。

・一線へ追ひつめられた二本の線條。陣營の攪亂の上を ロビングの泳行。

・モオシヨンをぬすむ前衛を 網膜に──球(ボオル) と選手(プレイヤア)の 一瞬の靜止。

 

「極東陸上競技選手權大會」

・これは悠々と、これは瀟洒な跳躍、米系ヒリツピン選手 トリビオの2MA 

・吉岡 そら拔いた そらスピードだ 旗だ 靑だ 腕を 脚を ゴールへ飛躍

・ぐさり 世界記錄・記錄線へ 住吉の槍。フオールの旗がふられて

・靑天白日旗 印度三色旗 その原色のあざやかさ、その原色の、强い印象

・肉體と拍手・芝生と白線・國旗と靑空・垣一つ外の失業都市・東京

・この華かさ、この國際競技、この外苑・ここに極東オリムピツクパラダイス

・君ら跳躍にそふ兵士、君ら肉體の運轉者、その野性にひそむエロチシズム

 

「百貨店形態」

・一枚の 貸借對照表(バランスシート)に歸納される このデパートの10階の機構。

・デパートの鐵の機構が 見るまに折りたたまれる 一枚のカードに。

・富は先づ商品の蓄積から。商品の堆積層の間から 事務室の窓。

・營業室のドアのハンドル。曳いても 遠く資本は銀行にゐる。

・ひとつのものが4つに見える鏡の仕懸。その前にみんな立たされてゐる。

・階6←→5 階の段階にゐて、さて、私の貨幣は表情をもたない。

・エレベーターに吐きだされる屋根の上、神社に明朗な資本商標(トレード・マーク)。

 

「感情の斷層」

・人間の親切にまつはる限界性がそんなところにも築かれてあつた

・ほら あなたの親切も そんなところに逃場を作つておいたのだ

・蒼い斷層へ私を押しやつたまんまあなたはそこで手をひくつもり

・何年かまへの おびえた斷層が 新しい裝釘で またやつてきた

・眞實のすぐ てまへまで來てゐながらあなたはそこで目をとづる

・現實からうかびあがつたあなたの考へこそ 全くろまんちすとだ

・あなたを兄弟と呼ぶ繋がりを阻むもの それが經濟組織だといふ

・あなたをさうさせる させずにおかない それへ 刄向へといふ

・ぶつかつてゆく組織のまへ もう足もともない あなたでないか

・もうなにもないところまで押しつめられて それでも尚と いふ

・まきあげられる經濟組織へ まきあげられてゆく 私もあなたも

 

「犬と夜」

・暗闇をわたしが歩いてくると とつぜん とびかかつてきた おまへではないか

・暗闇からわたしめがけて 暗闇のなかからわたしに とびついてきた おまへ

・眼をひからせて 待つてゐたといふ おまへが わたしの 前にあつたといふ

・とびつくと はなれて そのまま 尾をふつてついてくる おまへ お前は犬

・停車塲の灯りだけが まつすぐまへに 三十間道路の ひろがる夜の秋の空氣

・爆音だけが夜の空たかく 見ると靑い飛行機は 靑い星と まぎれてしまつた

・靑い飛行機の光りが 星と星と そのあひだを はしつてゆく 靑い高い空を

・光りだけが見えて 爆音 宙返りだなんて 見えない機體から 光だけみえて

・飛行場立川の照明線が ここの 三階建ての屋根をも斜めに そのまま闇へ

・おそらく 一つの符號にすぎない夜の航空機 夜の鐵路に沿ふて 光の東京へ

 

「ある商會」

・あらしの 世界恐慌のさなかから ここだけとりのこされた といふ貌

・とりのこされた そのかはり もう生氣のないあなたたちの 手の帳簿

・ビルデング3階 螺旋を2つまわつて正面 その商會に遂にきた 休業

・カアテン ドアに鍵 資本はさつと身をひくと そのまま 商會のドア

・ドアの把手が 光つたまんま 新年にも開かぬ 暦だけは商會にも新年

・のぼるときとは ちがつた疲れ、ビルデイングの階段を下る、窓の靑空

・試験の疲れが階段を踏む、階段にビルデイングの靑空が切りとられ 窓

・靑空が小さく區切られる窓。まわる階段の まへに 區切られた 窓

・就職試験のはかない疲れが この螺旋形の 階段をくだる 窓に靑空

 

「風と感情」

・元旦は夜にはいると雨に變り カフエのまへ 空車がぬれてゐる 停止

・戸をとざした新年の街 くらさのまま そのまま 二日へ更けてしまふ

・あるきだす足もとから 夜の風 新年の風 うすぐらいその風であつた

・ひつそりとした街 バス あかるものの一つとなつて ゆられてゐる

・新年の街路を十往復 新年の道路を十二時間 あなたはバスに 働く

 

 


『空間の胴体(トルソ)』より

 

 

 

簇劉一郎 Ⅰ

 


モダニズム短歌 目次


http://twilog.org/azzurro45854864
twilog歌人名または歌集名で検索すると、歌をまとめて見ることができます。