坂野健   (モダニズム短歌)

 

 

・踊る空中人形 風景に墜落してくる螺旋階段 鐘に午後三時の針が映る

・鏡に映つて結ぶ襟飾(ネクタイ) 手振り忙しい 一隅を鰭動かして魚族が過ぎる

・鏡の奥に凝視める瞳をみた 縹渺と 靜かな雲がゆききして絶間ない

・鏡の中に蘚苔類が生える 蝶の粧(すがた)となつて鱗粉を撒き散らしたりする

・旣に齡を見送り 激しい潮騒に洗はれる 右肩の在所(ありか)を手探つてみる

・背を耀かしながら日日の神が過ぎる 漠漠たる穹窿(そら)にゐて ただに空しい

・蝶族のマヅルカがくづれる 年老いた神は 光る背から雲をおろした

・言葉は氣泡となつて噴き上る 露臺(バルコン)の象牙の鳥籠でインコが季節を啄んでゐた

・めくるめきつつ一日の姿を灼き 自畫像かくと自らの坩堝へ燃え落ちる

・自ら身やきてしかも勝利を歌ふものよ 鱗粉の厲しさの中を今沈みゆく

・いちづに傷痕を剖き 爛々たる光塊の わが漂泊の頸垂れし上に停る

・風風 砂塵 白つぽい道に沿ひ 榮光に輝いて太陽の中へ隠れていつた

・再びその太陽に導かれた 蕭絛とした道が續きゆきつき難い距離と思ふ

・逃亡する足跡を追ひかける 精密な地圖の上には煙幕がひかれてある

薄暮のはてるところ頭文字(イニシアル)を刻む しらじらと音のない瀑布が落ちてゐる

・ひたむきに 捉へんとする手すりぬけて ひろき圓周をまためぐりくる

・家族は梢に棲んだ 天明(あけがた)の色にそまり 病のある窓に鮮紅色の歌を隕した

・額緣の中の 海港の匂ひ マドロスの鼻を鷗がしきりに出入してゐる

・空から降りるのは 大きな蜘蛛か キリコの海港では 光る肺が編まれ始める

・白晝のマドロスは甲板にゐる ピカソの重厚な畫布(カンヴアス)に 彼は一ひらの蝶を飼ふ

・光塊の苑を時が立ち去る 道 海に注ぎ・・・・・海島に白い睡眠が下りる

・海を歩くキリコに硝子の犬がはしる・・・・・ピストンの浮彫を よぎるのは忘却の影か

・書きとめる紙に 故郷が翳り 掌の上の風景となつて月光に濡れる

・この丘は 物音もなく 鳥の嘴が土くれをたたき 梢に 白い黄昏が佇つてゐる

・晦澁な日暮れをむかへて 梢は北に靡き 肉體の塔に 一基のランプが灯る

・ほうと叫ぶと 聲はそのまま凍えてしまひ 星となつたが 梢に谺が隕ちてきた

・空ゆくものに叫びをあげ まろぶやうに 息づいて 夜の目に蒼く木靈が走つた

・幾たびか 盲ひし小鳥の訪れて わが心の沼に その眼を洗ふ

・寂寞(しじま)はやどつて 自らへの重みとなり 昏い沼 わが腹底に沈んだ

・飜へる骨牌の 記憶の苑への翳となり もえ殘る骸炭の中にわが姿ある

・波たてて 凩すぐるわが胸に あはれ 瞠(みひら)いて 今宵 魚族ら眼覺めゐる

・反つて來るのは 木靈であつたか 呪文を銜へて 蚊喰鳥が飛んでゐた

・弧となつて 地平は垂れ 黄昏 わが狙ふ銃先の 一絛の火と燃えた

・陰(きた)さしてゆく雲 雁と氷雨をのせた 幾夜さか 極の却は火を放つた

 


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