水夫とマルセイユの太陽  星村銀一郎  (稲垣足穂の周辺)

 

 

薔薇の化粧をしたマルセイユの太陽は軍艦のマストの上で逆立をしてゐるやうに
水夫は船窓の花の中から桃色のストツキングに包んだ足を出してゐる
水夫の喫つてゐる暖かいコステユームに似た煙草は花屋の煙突である

港に菫色の薄明が盗人のやうに足を運んで來た時には
水夫は旣に午前の睡眠の上に落ちかゝりながら漸く腕を支へてゐた
マルセイユの太陽がパイプを啣へてやつて來た時にはアスパラガスのやうに微笑つてゐた

マルセイユの太陽には水夫は借金がない筈だ
波斯猫が眞珠の目を瞠つて遊戯を眺めてゐる
マルセイユの太陽が再び薔薇の化粧をして
パリアツチのコステユームを着て歸つて行くのを煙草を吸つてゐた水夫は知らない
桃色のストツキングが綠色に變つて其處から足のない海月が顔を出してゐるのも知らずに水夫は頸を振つてゐる

 

関西文藝 第6巻第2号 (関西文藝協会1930年2月)

 

 

星村銀一郎 PARE SSEUX MERITE (怠惰な偉勲)


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