廣江ミチ子 Ⅰ  (モダニズム短歌)

 

 

・花ひらく この家のフラスコは既に壊(こは)れた 古びたる庭の隅で羊齒は風琴を彈(ひ)いてゐた

・音符の灯がついた あかるい階段を一つ一つのぼつて行くピアニストのてぶくろの影 あれはラヂオです

・いく晩も年りんに月が出た 稚魚の住む みづうみは銀のらつぱである

・海へ流れたヴイオリン だまつて切符をさし出す

・せめて風のすぎるをきかうよ あの音はほら二人でのつたブランコの繪だ

・夕ぐれへ 赤い燐寸の軸をならべあふ 街は つめたい花の土にしみ

まひるの影さした 海はとほく去り 時計台の砂しづかにこぼれてゐる

・あの音だ うみぞこのとほい魚族にまはりどうろうの繪をきりぬいてゐる

・くびわにリボンをはめて過ぎて行つた 船は季節の可愛いい小犬であらう

・いく枚も葉脈に灯をとぼし 顯微鏡はゆれていく聖歌隊であつた

・つめたい葉脈をのぼつて行く あしうらはさびしい 小虫だつて一つづゝ水筒をもつてゐる

・翅をたゝみ そつと脊のびする ボタンの穴に家々夕げをたべてゐる

・コトコトとゆれながら オルゴオルは海をわたつてゐた 言ひつけを 私は忘れてはゐない

・驛に 古びた影繪が停り 火藥さびしう うしろみてゐる

・かいだんにとまる騎馬のひとみ ゆうべの花火であつた 

・木はかすかに耳たてて 往つたほばしらは粉雪に海圖 ぬれてゐる

・傷痕のすあしに椎の木がついばんでゐた 蟲は家に硝子をはめて歸へる 

・明るい 瓦斯にとまる扇の繪 馬にはひとり羽根のばうしだ

・一頁 階段といく 風車の砂をはかる日よ 旗ふる手は袋があつた

・海にいく ゆふぐれのぎん紙に描く 霧たつ少年と鏡面がうつり

・海に花粉が降る 獨り身の羊齒類に病ひがあるから

・ゆるやかな速度で少年は歸へる 灯のついたパセリの中にハガキを書いた

・そつと手を握る貝類の卵の袋 さびしい放浪に月夜は階音である

・のぼつてゆく らんぷの現象に 莢豆は午後を指す近海航路

・泳ぐと あめんぼのなかに汽車が走つた 爽やかな海流に点字を落とす

・森林は瞬間あかるく反射した 蜃氣樓に亞麻の卵はヨツトにのつてゆく

・さうして 彼等は求愛した 網膜にしつかりとつぎをあてて 今度は木綿の袋を散歩に出かける

・合唱のリズム 巧妙に拒否するものがたりを終り海の聖書をはじめた

 

 

廣江ミチ子 Ⅱ

 

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