橋本甲矢雄  (モダニズム短歌)

 

 

・幻燈を見に行きませう あの古い傳統の繪は氣高いね 靜止の駝鳥勲章の輝かしさ

・馬に乗つてオリムピツクへ行く 僕の背なかでパラソルが廻つてゐる 廻つてゐるね

・雲のマントを脱ぎ裸の無花果はうぶ毛の芽をひらいた 早くお入りなさい

・春の無花果はけだもののやうな手をひらいた 明るいね 柔な枝が私の肩で息づいてゐる

・スレエト屋根に感情のこまかいゼラニウムが咲いた ここを見上げてゆく人はみな幸福さうだ

・殿下たちの馬 雲は春へと旗をたてた 四月や茴香草(ういきやう)のにほひがする

・花のある機上 縞の日に越えてきたが 街も河もみんな傾いて撮れた

・林檎の花にかくれたシルクハツト むかし僕を辱めたコタンの紅顔にこたへる

・葵家族の肩に雲が下りる腊葉(おしば)のにほひに良夜の蔭に滿ちた

・薔薇の銃眼をのぞく 轣轆とちかづく車には細い鼻の・・・・・・類が花ざかりだ

・胸をふくらませた帆船(はんせん)のやうにきこえないかね 屋根をかすめる鷗のあはただしき羽搏よ

・そのとき海から瀧が見えます 僕はあけがたの木椅子に凭るあけがたの博士(はくし)である

・貧民區の硝子はバラいろの波瀾を背負つてゐるね ああ落雷せよ

・兀鷹の啄む日の靑じろい詭計 片手は狼狽めぐりに花を散らせ

・植物的夜明 苦惱に盲ひた北方 手帖よ わが細つた狼の花の足を印(しる)す

イスパニアと言ひたまへ 新領土には花椿がまあるく咲き イスパニアと蔭で呼ぶ

・きみの花びらの耳に 黄昏のうちに捉へる 雲なす合歡花(ねむ)のさわぎは戦(いくさ)よりはげしい

・しひたげた胸に草かこむ 羊齒の葉のぎざぎざに民族の目の憎みあふ

・みどりの子宮のなかの肉體 花もつメダイヨンこの胸 われは沈黙の師である

・穿たれた外套のうらに 花咲ける母の 名品 賣春婦を見る

・戰禍のおよぶ わが馬しろく 灰の像をたてる 振る かなしみ

・自盡(じじん) 知慧の壮麗な系統よ お前はふるへて三十五の葩(はなびら)がおちる

・沈湎する貧しい折紙 お前の枝に飾る十二月の花たち 胸にあふれよ

・瀧つ瀬 廢宅のなかできこえた 春のうららかさにはくらぶべくもない

・枯葉いろの天文館 海べから遠い あれは肥えた鴨が歸るのである

・町を出ると囚人や薔薇のはな 端然とする おもひ返してくる

・花或は蜻蛉 囚人や職業婦人が日傘をさして出入りします

捺染(なせん)の鳥 喪中の門(かど)を通りかかり昨日はここは靑葉にかくれてゐた

・海霧(ガス) 雁のやうに嘴(くち)をあける どこで毬をついてゐるのかしら

・牡蠣は裸になつて娘と沐浴した シトロンの泡にくすぐられるときつと笑つた

・雲形の娘の泳ぐのは蛞蝓よりも美しく 河幅を一望した

・海濱ホテル はればれとポスタアを貼りなにごとが起こるのでせうか

・美術館を出てきた妹 雁がならんでゆく 手ぶらでわたしは挨拶をした

・アート紙を切拔く 干潟よ 鶴の行方は小さな安心である

・河の上(ほとり)にこまかい花が咲き靑の木綿着の囚人が話しながらあつまる 次第に秋風に移つた

・唄つてゐる鶯 眠つてゐる鶯 倦れた少女の肩に雲は遡つて行つた

・沼地の鴫は飛ぼうとしない ここから見える 軍色の地圖のやうにひろい

・あなたは雲を聽いてゐるしかして 邊境の鶯が啼き はつきりして來る

・手は魚介のやうに淸潔だ 起伏する 夜目にむかひ連なる

・隻手の息子は娘に李(すもも)の花を贈つた それは黄いろい脚にこぼれるすもものはなびらである

・みづいろの旗艦 サラダの好きな少年は心理學の本を開げる みづいろの海であつた

・平野は日暮(ひぐれ)に近い 一臺の旅客機が花束を飾り日暮に海へ發つた

・橇で町を通りぬける 椿よまち構へ ひくい木かげで雉を打ち落す

・湖沼地帯は清潔に水木(みづき)の花が咲いた それで左方の眼に湖たちは明るかつた

・退屈な帆前船がたち去るまで少年は海を畫いてゐる靑い鉛筆がないので海は靑いと思ふ

 

 

 

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