横山白虹  (モダニズム俳句)

 

・春晝の線路步めば咎めけり

・病院の春夜の跫音(あおと)たまさかに

・椿道ふむや漂ふ月の色

・自動車の灯おつるところ草の王

・霧の奥灯るごとく月出でぬ

・よろけやみ七夕ながすものに從(つ)けり

・よろけやみあの世の螢手にともす

・街上の雪はしきりに圖書の舗(みせ)

・浪のりにうめどもホテル眞晝なり

・浪のりは鋭(と)き口笛をならしたり

・ラガー等のそのかちうたのみじかけれ

・春の夜の船のポストを尋(と)めあてぬ

・大旱(たいかん)の空をひそかに煤降りぬ

・煖爐あり壁の曆のあすを指し

・そのひとりなだれのひゞき耳にせり

・冬こしてどろりと靑き池の底

・苔靑くゼンマイの船難破せり

・颱風のサナトリウムは白き墓石

・颱風の廣間の闇のアマリゝス

・秋の夜の雨すふ街を見てひとり

・魑魅來(すだまき)て夜毎(よごと)の棟(むね)に腰(こし)かくる

・怪鳥(けてう)たつ梢も地震(なゐ)にうちふるへ

・沼(ぬ)の精靈(すだま)口より吐くは曼珠沙華(まんじゆさげ)

・紅椿後鬼(ごき)がかざして雪霏々たり

一言主(ひとことぬし)雪を蹴立てゝ雪を蹴て

・獸神を呪縛の聲の射とめたり

・通り魔が鴉(からす)にのりて夜空ゆく

・獸神孕兒(けものがみはらみご)の血に飢ゑ猛り

・結界に精靈(すだま)が集ひ犠(にへ)を割き

・雪霏々と船の別れの樂に和す

・雪霏々と舷梯のぼる眸(め)ぬれたり

・徐々とゆく船の欄干雪を載す

・雪霏々と船のありたる海へ吸はる

・外套の襟立て襟をのぞく葉巻

・陸(くが)をさす葉巻の灰の海へ落ちぬ

・海昏(く)るゝ苑(その)の點心花八ツ手

・颱風の海峽の窓ランチタイム

・颱風來(たいふうらい)あをきかけらの空をのこし

・タイプうつ視野には黃なる花あふれ

・タイプライター覆へば室は死んでゐる

・鷹の羽ひろへり砂丘はれわたり

・栗靑しつゝむ手帛の頭文字

・病廊におちゐし黑きへやーぴん

・傷兵に機關銃(ミシン)の音の夜は鳴る

・銃眼に夜雲は白き肢體なす

・銃眼に更けては狙(ねら)ふ夏天の星

・銃眼にオリオンベルト撃ちおとす

・草藉(し)けば深夜の汽車の疾走す

・燈管の船の浴槽のみ煌々(くわうくわう)

春天へ障碍こえし馬かゞやく

 

 

 


モダニズム俳句 目次

 

 

東京三(秋元不死男)  (モダニズム俳句)

 

・氣球浮き囚徒に奢る街眩し

・市場(いち)たけなは理髪師椅子にゐて眠る

・靑果散り日覆からからと商區覺む

・肉フライ造船工の歸路に盛られ

・造船工にパン屋の騾馬が遅れつつ

・ペダル踏む少年工に町は祭

・造船工歸り龍骨地に灯る

・耶蘇のうた嗄れ運河も落葉期(らくえふき)

・十字架の鐵鎻落葉の地に低き

・音樂堂雨露(うろ)の椅子置く園落葉

・泊つる船みな街へ向く園落葉

・夜の落葉港埠にきたり靴ひびき

・寐にかへる船のマドロスに落葉降る

・貨車の階高く港埠の草は枯れぬ

・機首掠め斷崖(きりぎし)の百合を鋭(と)く立たす

・夏山の起伏はるかに飛機あがる

・飛機墜ちぬトマト畠に茄子畑に

・梢(うれ)の飛機少年が攀ぢ少女が仰ぎ

・ルンペンら火を焚き運河薔薇色に

・クリスマス地に來ちちはは舟を漕ぐ

・魔窟の夜水兵が遇ふ白き擧手

・夜の娼婦令孃と化(な)れり可笑しからず

・夜夜凍てぬ人に娼婦に哀史あり

・製鐵所つひに女を見ざり冬

・税關吏ボール投げ合ひ海は春

・春の晝欲しや汽艇は波に白く

・給水船川口に錆び海月くる

・星凍りひと寢し汽車の灯に堰かれ

・外人と默す昇降機(リフト)に砲鳴れり

・空襲の月夜の潮がひいてゐる

・少年驛夫鋏鳴らせりクリスマス

・プール涸れ外套を着て降(くだ)る梯子

・プール涸れ競泳水路(コース)の白磁蹈むは美(は)し

・プール涸れ夏あをき淵を坂にせる

・冬木影坂にはあらずプールの壁に

・工場の枯れし球場に貨車廢(すた)れ

・木木芽ぶく銀行に銀貨こぼれる音

・交換手木の芽の朝を歸るなる

・よこたはる煙草いつぽん冬帽に

・寒潮に少女の赤き櫛が沈む

・打ちあげられ一片の靴冬濱に

・枯芝に本とボートが覆(かへ)しある

・母美しとほき干潟にゐてひかり

・高階の齒科に子が泣く花ぐもり

・少年盲(めしひ)たりラヂオ體操を忘れ從(つ)けず

・少女盲たり若芝を摘みて日に翳す

・路次に鳴り目醒時計(めざまし)猛る夏の曉

・鏡中にヨツト傾き子の熟寢(うまい)

・煙草すて娼婦しづかに海に入る

・幕のひま奇術をとめが海にゐる

・驟雨が來波間の少女色かはる

 

 

 

 

モダニズム俳句 目次

 

 

三橋鷹女  (モダニズム俳句)

 

・すみれ摘むさみしき性を知られけり

・蝶とべり飛べよとおもふ掌の菫

・手花火のしだれ柳となりて消ぬ

・春の夢みてゐて瞼ぬれにけり

・夏瘦せて嫌ひなものは嫌ひなり

・しづかにしづかに地球はめぐり萩の咲き

・煖爐灼(や)く夫(つま)よタンゴを踊らうか

・髪おほければ春愁の深きかな

・こんとんと秋は夜と日がわれに來る

・冬來るとあたりけだものくさきかな

・みんな夢雪割草が咲いたのね

・女の香のわが香をきいてゐる涅槃(ねはん)

・蜂飛んで日はかなしびの女を搏(う)てる

・天地ふとさかしまにあり秋を病む

・詩に瘦せて二月渚(なぎさ)をゆくはわたし

・しやが咲いてひとづまは憶ふ古き映畫

・きしきしときしきしと秋の玻璃を拭く

・四五本のけいとう燃えてゐる疲れ

・冬來るトワレに水の白く湧き

・めんどりよりをんどりかなしちるさくら

・この樹登らば鬼女となるべし夕紅葉

・短日のギターに縋(すが)りギター彈

・沈丁(ぢんちやう)やをんなにはある憂鬱日

・夏深く我れは火星を戀ふをんな

・日の穹(そら)へ羽蟻あとよりあとより飛ぶ

・カンナ秋體溫あつく吾ぞ生くる

・秋日射し骨の髄まで射しとほし

・こころ火の國にあそべる粉雪かな

・煖爐燃え牡丹雪とはかかるもの

・おもふことみなましぐらに二月來ぬ

・靑葉影あをきピアノを打ち鳴らし

・罌粟(けし)散つてこころに抱くは鳥獸

・かなしきはギヤマンの瞳(め)の毛皮の瞳

・こころ燃ゆ夕映燃ゆる束の間は

 

 

 

 

 

モダニズム俳句 目次

藤木清子  (モダニズム俳句)

 

 

・古衾惡魔に黑髪摑まれぬ

・向かいの壁が眞赤で夜なべ鍛冶

・麥の穂や海の深淺あきらかに

・初秋よし靜脈透きて脈搏つよ

・飢えつつも知識の都市を離れられず

・さびし春機械の如く生くる妻

・ひとり身に馴れてさくらが葉となれり

・花の風つよければ海藍靑に

・香水よしづかに生くるほかなきか

・月涼しよきおもひ出をもたぬわれ

・きりぎりす晝が沈んでゆくおもひ

・針葉のひかり鋭くソーダ

・こめかみを機關車くろく突きぬける

・虫の音にまみれて腦が落ちてゐる

・元日のそらみづいろに齒をみがく

・チヨコレートとけて元日昏れてゐる

・落葉ふりひとあやまちを繰りかへす

・くろかみのおもくつめたき日のわかれ

・ひとりゐて刄物のごとき晝とおもふ

・春晝を沈むリフトにひとりなり

・春宵の時計のねぢを固く巻く

・淺春の體操選手の齒がしろい

・春の夜の夫人ゆるやかに着こなせり

・からたちのやはらかきとげ晝ながし

・香水の香のいきいきとふとさびし

・高階にハンカチひとつもとめたり

・夏ふかしおのが匂ひと晝をねむる

・寂寥の指紋べたべた雲はしろし

・きりぎりす視野がだんだん狹くなる

・僧房にくるしきこひをのみくだす

・しろい晝しろい手紙がこつんと來ぬ

・戰爭と女はべつでありたくなし

・短日の人妻の素足なまなまし

・水平線まるし瑞々しきいのち

・慰靈祭突如雨降り雨あがる

・いのちあり果汁琥珀に透きとほり

・病癒えぬ五月の山と平行に

・シネマ觀るひとふしの過去鮮かに

・默禱のしづけさ空にとりまかれ

・人戀へば夕べ笹の葉淸し淸し

・曇日の封筒花のごとしろし

・友と語れば海峽やがて月をかかぐ

・夏瘦の友に特急たくましく

・灯を消して孤獨の孤獨たのしきかな

 

 

 

 


モダニズム俳句 目次

 

 

片山桃史  (モダニズム俳句)

 

・泳ぎ寄る眼に舷の迅かりき

・鋭(と)きこゝろヨツトを迅く迅く驅る

・六月の懈怠ランチは河を駛る

・雨ぬくし神をもたざるわが怠惰

・影法師動くことなし雁渡る

・雁なけり醫師の眼鏡が壁にある

・雁ないて額に月の來てゐたり

・樂器店菊咲き樂器ひやゝかに

・樂やみてまなこ開けば菊すめり

・菊すめり樂器賣りたるレヂスタア

・珈琲の香にあふ舗道秋の雨

・蹤いてくる跫音それぬ秋の雨

・蜻蛉の翅音のひゞく菊日和

・貨車あまたちらばり凍てて歳去りぬ

・芝枯れて運河は靑し朝のお茶

・さくら咲く朝のスリッパひややかに

・朝のそら碧くさくらは濡れてゐる

・春曉の雨よ口笛とほくより

・口笛が絕えず薔薇垣雨ふれり

・窗高く五月の靑き河を敷く

タイピストすきとほる手をもつ五月

・鐵を灼く火を凝視む瞳に火が棲める

・靑葡萄紅茶のみたる手の血色

・透明な紅茶輕快なるノック

・秋まぶし表情かたき少女の話

・秋まぶし頑なに黑き瞳を俯せざる

・秋まぶし十顆の爪を目に偸む

・秋まぶし紅きつめたき唇小さき

・いんいんと耳鳴りわれに時亡ぶ

・よりどころなき眸に夕べ雪ふれり

・紫雲英野をまぶしみ神を疑はず

・蝶ひかる風ふき神は寢たまへり

・蛇苺地に熟れ人の眼はにごる

・どくだみの香に惡魔醒め蝶羽うつ

・どくだみに惡魔の會話虻とべり

・シュミイズにかくれぬ肌朝すゞし

・血管のみどりの肌朝すゞし

・肩萎えてをんながとほる雨がふる

・雨がふる戀をうちあけようと思ふ

・想出の中にも白き雲とべり

・三日月がひかれば女うそをつく

・階上にピアノ髭剃り麵麭を燒く

・朝の水胃に墜ち煙草肺ふかく

・雨はよし想出の女みな横顏

・雨の夜の遠き音読秋深し

・燈眩し肉搏つおとのにぶきおと

・桐咲けり憂愁ふかく身に棲める

・身のまはり靑き濕度の手紙書く

・靑の朝暴風身ぬちにも吹けり

・夕鷗我が吐く煙河を這ふ

・夕燒けてマストの十字架(クルス)ひとおりる

・叱られて叱られてありたりし神よ

・花の上に神々を見失ふ勿れ

 

 

モダニズム俳句 目次

篠原鳳作  (モダニズム俳句)

 

・うるはしき入水圖あり月照

・夜々白く厠(かはや)の月のありにけり

・ガチヤガチヤの鳴く夜を以てクリスマス

マドロスに聖誕祭のちまたかな

炎帝につかえてメロン作りかな

・よぢのぼる木肌つめたしマンゴ採り

・龍舌蘭(トンビヤン)の花刈るなかれ御墓守

・靑空に飽きて向日葵(ひまはり)垂れにけり

・サボテンの人を捕らんとはたがれる

・夜もすがら噴水唄ふ芝生かな

・ハタハタの溺れてプール夏逝きぬ

・大空の風を裂きゐる冬木あり

・冬木空時計のかほの白堊あり

・氷上へひゞくばかりのピアノ彈く

・雪晴のひかりあまねし製圖室

・ふるぼけしセロ一丁の僕の冬

・麥秋の丘は炎帝たゝらふむ

・トマトーの紅昏(くれなゐく)えて海昏れず

・一碧の水平線へ籐寢椅子

・波のりの白き疲れによこたはる

・満天の星に旅ゆくマストあり

・しんしんと肺碧きまで海のたび

・月光のおもたからずや長き髪

・そゝぎゐる月の光の音ありや

・一塊の光線(ひかり)となりて働けり

・起重機の豪音蒼穹(そら)をくづすべく

・ルンペンのうたげの空の星一

・あぢさゐの花より懈(たゆ)くみごもりぬ

・あぢさゐの毬(まり)より侏儒よ驅けて出よ

・日輪をこぼるゝ蜂の芥子(けし)にあり

・芥子咲けば碧き空さへ病みぬべし

・芥子燃えぬピアノの音のたぎつへに

・大空の一角にして白き部屋よ

・雛の眼に海の碧さの映りゐる

・月光のすだくにまろき女(ひと)のはだ

・セロ彈けば月の光のうづたかし

・月光のこの一點に小さき存在(われ)

ひとひらの月光(つき)より小さき我と思ふ

・一掬のこの月光の石となれ

氷雨よりさみしき音の血がかよふ

・我も亦ラッシュアワーのうたかたか

・古き代の呪文の釘のきしむ壁

・泣きじゃくる赤ん坊薊(あざみ)の花になれ

・太陽に襁褓かゝげて我家とす

・蟻よバラを登りつめても陽が遠い

 

 

 

 

 

モダニズム俳句 目次

渡辺白泉  (モダニズム俳句)

 

・街燈は夜霧にぬれるためにある

・あまりにも石白ければ石を切る

・山蔭にゆふべ眞赤な石を切る

・象使ひ白き横目を綠蔭に

・まつさをな空地にともりたる電燈

・横濱の靑き市電にものわすれ

・めしひたるひとのまはりを歸る雁

・夏童女緬羊の顏刈る見たり

・夏童女紅き靴はき寢(い)に往きぬ

・祖父(ぢぢ)が胸赤くて閑古鳥鳴けり

・月光にふれしたまゆらくさめしぬ

・乙女子と三日(みか)逢はずければ天の川

・白き帆がひかりしりぞきゆく焚火

・臀(しり)圓き妻と斜面の芝植うる

・一本のみち遠ければきみを戀ふ

・しんかんと汝(な)が眼翳(かげ)れり鳰(にほ)の聲

・きみとゆけば眞間の繼橋ふつと照る

・われは戀ひきみは晩霞をつげわたる

・白靴を穿きかなかなに打たれゐる

・泣くことのあれば饒舌の霧一夜

・生(せい)續き雪ふる町にたちどまる

・冬の晝鳩にアポロンと呼ばれて笑む

・泣かんとし手袋を深く深くはむ

・朝曇烈しくゴオゴリをほめ默る

・遠き遠き近き近き遠き遠き車輪

・かぎりなく樹は倒るれど日はひとつ

・提燈を遠くもちゆきてもて歸る

・鷄たちにカンナは見えぬかもしれぬ

・銃後という不思議な町を丘で見た

・遠い馬僕見てないた僕も泣いた

憲兵の前で滑つてころんぢやつた

・戦争が廊下の奥に立っていた

・馬場乾き少尉の首が跳ねまはる

・吾子(あこ)うまるわれ頭(ず)を垂れて居りしかば

・朧曇の月の在處(ありど)と共にゆく

・春潮の爆裂したる白さかな

・新綠や白猫のゐる枇杷の下

・炎天やたらりたらりと石運ぶ

・秋晴れや笄町(かうがい ちやう)の暗き坂

・極月(ごくげつ)やなほも枯れゆく散紅葉

・北風の馬荒れ荒れて築地まで

・水番と士官夫人の眼が發止

・夏の海水兵ひとり紛失す

・童話めく焦土の道や雪降らでも

 

 

 

 


モダニズム俳句 目次