夢
小方又星
かの女は、銀の涙をはらはらと流した。
わたしは かの女の名を知らない。姿も顔も憶えてゐない。ただ、いまも何處かで あの銀の涙だけが美しく光つてゐる !
わたしは見た、處女の眸からはらはらと星のやうな涙が夜の闇に散つたのを。
あゝ 不思議なる記憶よ。夢よ。
その日は赤い太陽が灼け爛れてゐた。綠の葉は眞夏の酒に醉ひどれてゐた。蝸牛(かたつむり)は乾ききつた貝殻(から)の重さにも喘いでゐた。
わたしは 宛かもその蝸牛のごとき息苦しさを感じる、正體の分らぬ焦燥と矛盾との幻影を追ひながら……..
わたしはかの女の姿を鏡にうつるわたしの姿のうへに描く。
わたしはかの女の眸をわたしの眸のうちに想像する。
わたしはかの女の涙をわたしの涙のうちに見る。