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早崎夏衛『白彩』Ⅲ (モダニズム短歌)


・冬の季節の花の香氣の満つる室(へや)にわが血液の濁(にご)れるを知る 

・血液の濁れるを呪ふわれとなりて眞夜(まよ)のひびきをわが胸に聴く 

・いまわれは阿呆の果實(このみ)たべあいて木登りあそぶかなしさを知る 

・まつしろにひかる疾風にとびのつて子とあそびをりこれでいいと思ふ 

・ぬれぞらににほふ桃花(たうくわ)にちかくをればかくうつくしいかなしみをしる 

・街は街にバラを音樂をまきちらしわれはさくさくと果實を嚙る

・妻つれて花園にあれば透きとほり散る光あり春あたらしき 

・あけがたのほのぼのとさす薔薇いろのひかりのなかに妻をさそひぬ 

・七彩の片脚虹の截(き)るるところ花籬(かき)の秘密にけふもわが觸(ふ)る 

・手の甲に蟻を這はせてじつとみるいつしかわれは泣いてゐにけり 

・額(ぬか)よりも遠いところに組まれゐるわが憂欝にふるる薔薇あり 

・どこをむいてもわがいちまいの影ありて鏡底のやうにつめたかりけり

・窓を透(す)く黄薔薇(スウブニイル)の花家畜らは築牆(ついぢ)の霖雨(あめ)をあるいてかへりぬ 

・陰影が濡紙のやうに觸れてきぬ讀みさしの本をいそいでふせる 

・鶺鴒の羽にもまさる雲の片(ひら)のかかりゐる空はいつち美し 

・壁面の隈(くま)ひきはがせアマリリスの斑朱花(むらあけばな)はすでにかれたり 

・十二月の牡蠣のごとくも慄へつつさからふ妻は愛すべきなり 

・この室と距離ある靑いバスにのりし妻のシルエツトを掌(て)にいつくしむ 

・てり映えるあらくさもみぢいちめんのわが家の庭にこの犬死ねり 

・枝に咲いて枝にはなれて地に咲いて地にあざやかな紅い花かも 

・風ばかり流れる夏の草原にわが影をおいてこれをながむる 

・うすやみの底に皺み寄る密林のしろいうごきに片目なくしぬ 

・葡萄液(グレープジユース)を萎(しぼ)んだ腸に含ませて明日(あす)の昨夜(ゆうべ)の死に仕度する 

・横ざまに死せし花室の蝶蝶を古時計に入れ眞夜をみつむる  

・すれ行きし雜花奔車(あらばなぐるま)の映り香のゆれていつまでもそこらあかるし 

・晴晴と澄む空うつしほがらかな妻のひとみにうたがひもなし 

・この庭に落葉の音のたかくたつ日曜の午(ひる)を子を抱いてをり 

・薄闇にほのぼのしろき妻の顔に匂ひほど指のぬくみあたへぬ  

・與謝野寛の歌を考へてゐる朝(あした)碧空(あをぞら)を裂いて飛行機きたれり

・花園に埋めてひさしい戀ひごころまばたきにうつる秋となりたり  

・空と地に音樂ひびく夜の更けを廢れた夢をわれは追ひゐる 

・ひたすらに白い天使に言葉おくる雨暗らき午後の板椽の冷え 

・驛でなげしかれの言葉は友情の距離なり億兆の怡(たの)しさをかさねぬ 

・きみは詩人ラツパ卒なりあはれにも醉つぱらひをりきみはきみなる 

・埼玉の海にあそばんと云ひしとき笑はざりし君を今も忘れず 

・髪のごとく匂ふ叢に花Chalkのことばなき夢が野をかけめぐる

・北風に流離する魚簇のみじめなる目にきよらかな祈りささぐる 

・足もとにむらがる草に幾千のわれのすがたをみるははかなき

・月の芝生に白い素足をおののかせ消ゆる微風をあるときはしたふ 

・闇夜(あんや)にさす焚火(ふんくわ)のあかりほのぼのと太古にわれを象(かた)どりにけり 

・凍氷が牕いちめんを塗りつぶす恢色(けしき)わびしくぬつとたちあがる 

・一室の光線を逐ひ蜥蜴らの天鵞絨の縁にとけゆくもよし

・だまされることのたのしい朝だけはせめてうつとりとだまされるべき 

・コツコツとMINERVA(みねるば)の骨(こつ)たたくおと白梅なんかにたはむれをれぬ

・卓上の淡紫(たんし)の小花(をばな)ヒヤシンスに染(し)みるこころがあはれでならぬ 

・シヤンデリアの落とすわがかげ静かすぎる仕合はけだしあきらめならむ 

・落葉にまつはるまるい風たち廢園に黄な灯のひかりわがこころなり 

・かがやかしき稀書の鞁表紙に手觸(たふ)れつつ白梅林(はくばいりん)を散歩したりけり 

・香水(サイクラメン)の匂ひながれる朝庭に妻ちかくゐて薔薇瓣(ばらびら)をふく

・くらくらになつたたましひは溫室の黄や朱(あけ)の花のかをりぬすみぬ 

・わがたもつあかつきのやうなほがらかさカタロニアの花がつんと咲きをり

・ひつそりと碧空(そら)のしづくにぬれながらたんねんに白い手紙を封する 



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