岡松雄 履歴その他 (モダニズム短歌)

 

岡松雄(おかまつ たけし) 

履歴
1908年(明治41年)8月12日
高知県幡多郡奥ノ内村(現在の大月町)に生れる。

1925年(大正14年)4月1日(社員名簿には3月2日入社とあり)
上京。書肆冨山房入社。同所で『橄欖』の小笠原文夫を知り短歌に興味を持つ。

1931年(昭和6年)
前川佐美雄・石川信雄・蒲地侃・小笠原文夫の『短歌作品』に加わる。

1934年(昭和9年)
前川佐美雄の『日本歌人』に加わる。

1935年
早崎夏衞、加藤克巳とともに『短歌精神』を創刊。

1936年 
若手歌人の集まり「四月会」に参加。『四月會作品第一』出版。(12月)

1937年(昭和12年)2月
処女歌集『精神窓』出版。

中央歌人にも参加とあるが、いつなのか特定できず。

1942年(昭和17年)
(昭和16年まで冨山房社員名簿に記載あり)
太平洋戦争による統制のため国定会社中等教科書KK発足に伴い冨山房より自動的に同社に移る。

1945年(昭和20年)
検定制度復活のため国定会社中等教科書KKを辞す。

1950年(昭和25年)11月5日
堀口時三郎、上田穆らとともに『次元』創刊。

1954年(昭和29年)

加藤克巳主宰『近代』(『個性』の前身 )に参加。

1961年(昭和36年)11月1日
有限会社秀英社創立。印刷会社。

1964年(昭和39年)11月
第二歌集『木石』出版。

1972年(昭和47年)11月
文京区白山に新社屋を築す。
『自選全歌集』出版。

1984年(昭和59年)6月19日
死去。

晩年に同郷の方と再婚されたようですが、奥さんは知名の方らしく、国会へ参考人招致され、戦中看護婦として中国へ召集された経緯が議事録に残されています。

以上『全歌集』『三十五周年記念「個性」合同歌集』等により作成。

 

参考文献
著作

・『精神窓』 協和書院 1937/02 短歌精神叢書 
処女歌集

・『木石』 昭森社 1964/11
戦後の歌の集成。

・『岡松雄全歌集』秀英社 1972/11 
全歌集とありますが、それまでの歌集の抜粋と歌集外の歌の集成です。それまでの歌集の序文等も再録。

・『宮崎源井』
中平 渥子/編 岡松 雄/制作
〔出版者不明〕 1977/05
岡松氏の小学校の恩師にして、義兄の短歌、俳句、随筆等、地元の新聞その他には発表した文章を集めたもの。

 

アンソロジー
・『四月會作品第一』
交蘭社 1936/12 

・『日本歌人クラブ 年刊歌集 1955』 日本歌人クラブ年刊歌集編集委員会/編
日本歌人クラブ 1955/03 

・『日本歌人クラブ 年刊歌集 1956』 日本歌人クラブ/編
日本歌人クラブ 1956/05
 
・『昭和新短歌選集』 福田廣宣/編
現代語短歌の軌跡と展望 角川書店 1979/10
新短歌ではないのになぜか、早崎夏衞氏ととも岡松雄氏の歌も収録。

・『個性三十五周年記念合同歌集』 個性の会/編,三十五周年記念合同歌集編纂委員会/編
個性の会 1988/8

 

序文等
・『汐騒』 立道正晟/著
潮騒 秀英書房 1965/8

・『林登免香』 林登免香/著,林祖雁/号
林茂木 1971/4 
同郷の方らしい。

・『夕茜』 飯田清/著
秀英社 1977/3 

岡松雄『精神窓』Ⅰ
岡松雄『精神窓』Ⅱ

あの女がやったことは、汚い等の生理的なことを持ち出してきたがゆえに人権問題になって、公務員が一般利用者にやることの中で最も最低の行為になった(彼女は社会人の自覚はなかったのか。社会人失格。いや人間失格)のに、館長はそのことを軽視した。あの程度の人間が県庁の危機管理部門にいたとは信じられない。どんなことにせよ、一度事が起こればそれを無いことには出来ず、事実を明確に示して責任の所在を明らかにし被害者が納得するところまで持ってい行くことによって、被害を最小限度に止めなければならないはず。最近は素人でも弁えているはずの事実なのに、それをせず事実を隠蔽し何もないことに、というか、被害者に責任をおっかぶせようとした。こいつも人間のくずだね。そういうことをすれば、事態が悪化するのは危機管理学でも常識のはずなのにそれも知らないのか。館長のやったことが私の怒りを最大限まで高めた。高知はごみだらけの県なのか。以前本のチェーン店の1つで本をよく注文していて、来たら知らせてもらうことにしていたのだが、朝は寝てるから電話しないでくれと言っていたのに、何度も朝電話してきたので文句を言ったら、そんなに嫌ならなぜ携帯を切っておかないのですと言われたことがあった。高知はやっぱりくずだ。

あの女は、私との関係をどう捉えていたのだろう。彼女のやったことは余程近しい関係の中でしか許されないことのはずなのに、それさえ分かっていなかったのだろうか。頭は大丈夫なのだろうか。低能?馬鹿?それとも、私と近い関係だと思っていたのだろうか。どんな根拠で?確かに近しい関係なら、たとえば恋人同士なら許されることだと思うけど、もしそうならどんな根拠でそう考えたのだろうか。確かに、そういう関係なら彼女のやったことは全て可愛いのだけど。というより、可愛い過ぎるくらいかわいいのだけれど。この人はいろんな問題を私に突きつけて来るよな。私が彼女にそんな誤解をさせることをしたのだろうか。そういう関係だったら嬉しいけど、当然責任も負わなければならないから、その準備のない私にとって彼女は遥かに遠い存在だったのだが。確かにもう少しで準備してもいい状態、準備しようと思えばできる状態にはなりつつあったけど。

 

若い頃の八千草薫の写真を見た。白地にタンポポか何かのシルエットのある浴衣の写真だ。典ちゃんにそっくりだった。他の写真ではそんなに似てないから、実際は似てないのかもしれない。非通知電話は最初彼女からかもと思っていた。彼女の寝起きの顔を思い出す。眠そうだったな。お風呂を焚いてもらっていて、近くに私たち2人しかいなくなって、彼女に話しかけたら恥ずかしいのか逃げていった。もっと薪をくべてほしかったのに、もう少しで風邪をひくところだった。そう言えば、彼女の友人達が2人のデートをセットしてくれたけど、どちらのためだったのだろう。彼女のため?私のため?セットしてくれたのは女の子達で、男の子達は反対してたんだっけ。後で、手は握った?キスした?って訊かれたっけ。いつもハグはしてたから、余りそれ以上のスキンシップは考えなかったような。

最近2人程、世間一般ではきれいな女性にいろんな場所で出会うのだけど、何かあるのだろうか。

 

でも、あの女は人の心に永遠にしこりの残ることをしたのだろう。私はあくまで一般利用者でしかなかったはずなのに。私にはどこにも逃げ場がないのに。永遠に一人なのだから、誰かにそれを言って紛らすこともできない、与えられたストレスに耐え続けなければならない。子供の頃から耐え続け、様々な心理的技巧でそれを軽減しようとしてきたけど、もう限界に来ているというのに。

 

愛は選択すること、それも一度だけではなく何度も、か。そういうことなのか。人を好きになるということは一度好きになったらずっと好きなのではなく、何度も選択を迫られる場面が出現して、その度に同じ相手を選択していく意志や強さのことなのか。人がこの世界の成長過程で学ぶべきことを私がしていなくて、それを今学ばせているのか。私はあの人を選んだことを間違いかもしれなかったと思い始めていた。人間を見る眼には自信があったのに。彼女が結果として私に学ばせているとしたら、私の選択眼は間違いではなかったのだ。年下だけど、彼女は先生でもあり、やはり神様なのだ。

 

あの人が私の夢の1つを叶えてくれたということについて種明かししておこう。本人は否定するかもしれないし、あるいはそれしきのことと拍子抜けされるかもしれない。彼女のことを褒めたとき、謙遜をして否定していたけど、身体を大きく揺すっていたので、それも本当に大きく揺すっていたので、喜んでいるのだと思った。それが、私が小学校以降長い間好きだった女性にプレゼントをしたときの喜びを連想させた。女性って凄い、感情を全身で表せるんだと、自分の気取りの卑屈さと比較して、敬意を持っていた。それを再度見せられた気がした。この瞬間にあの人に尊敬の念を抱いた。それと同時に今までの知り合いの女性もそれなりに感情を身体で表してくれていたことにも思い当たった。なぜ気付かなかったんだろう、もし気付いていたら彼女達との関係も違っていたかも。このこともそうだけど、あの人は本当にいろいろなことに気付かせてくれるのだ。やはり、あの人の持っている不思議な力を感じてしまう。本人はなんだそんなことと思うかもしれないけど、他の女性は私に何も気付かせてくれなかった。そういう点でも恩人だよね。

心残りは私の最大の夢、1人の女性を幸せにするということが叶わなかったこと。他の人には簡単なことなのだろうか。男性の視点から女性を幸せにするのではなく、女性の視点から女性が女性として生まれてきて良かったと思える状態を出来るだけ多く、出来るだけ長くその人に作ってあげたかった。その候補だったのに。

 

私にとってのあの人の魅力を、あの人はどう考えていたのだろう。彼女は自分の魅力を私にどう捉えてほしいと思っていたのだろうか。確かに自分の魅力はここでこう考えてほしいと思う女性を何人か知っているけど、たいていは相手の男性とのズレがあるのではないだろうか。あの人は、異性にとっての女性としての魅力は確かにあったけど、やはり私にとって一番の魅力は感性なのだ。普通の女性は女性という制度に寄りかかってしまっているのに対して、彼女は女性としての感性がそういう世俗的なものに汚されていない気がした。しなやかで軽やかな感性。そこから醸される感情やそれに伴うしぐさや行動も同じようにしなやかで軽やかで、それが瞬間瞬間新しい美しさとなって目の前に現れているようだった。同一の人でありながら瞬間瞬間新しかった。顔の表情も同じで、ずっと見ていても多分飽きないだろうと思っていた。こんな考えだから変な奴だと思われたのだろうか。実は女性と長く一緒にいるのが苦手だけど、あの人となら一緒にいても大丈夫な気がしていた。何も喋らなくて許してくれて、それでも同じ空間にいてくれる人、そんな感じだった。

まんぷく』で、主人公が奥さんの福ちゃんがいなければカップヌードルは出来なかったと言っているのを観て、あの人のことを連想した。このブログ(まだ途中だが)は彼女がいなければ出来なかっただろうし、今の生活から多分もう少しで抜け出せそうだけどそれも彼女がいなければ可能ではなかった気がする。そういう点では彼女に恩は感じている。そしてそのお返しも出来ていない。また同時に私が最も嫌うこと、最もやってほしくないことを彼女がずっとやり続けていたことも確かだ。旧図書館でそのことは彼女の上司に言っている。あの人は私のことをどう思っていたのだろうか。私はまだ一般利用者と職員の関係でしかないと思っていたのだが。以前あるスーパーでレジの女性から、私目当てで通っていたのではなかったんですねと言われたことがある。話をよく交わす人ではあったけど、女性目当てでスーパーに通う人などこの世にいるのだろうかと思った。スーパーへ普通の用事で行き、そこに気の合う人がいて喋っていただけなのに。その後もその人とはよく話をしたけど、彼女が退職する際電話番号の交換を求められたけど、人妻なのでお断りした。図書館のあの人とは、それほど話さえしていない。以前雰囲気が変わったので、髪切りました?と訊いたら、切ってませんときっぱり言われて驚いたことがある。普通の女性なら軽く返されるはずの返事なのに、まるで恋人同士でそんなこともわかってないのと言われているような口調だった。そんなに親しい間柄だっけ?と思った。その後も私は普通に応対し続けた。彼女とは本当に距離感が取りにくいのだ。以前の図書館カードの交換の際も友人なのか一般利用者なか、どちらと考えているのだろうかと思った。一般利用者と考えていたなら、彼女の行動は非難に値する。今回の問題もそうだ。友人なら何の問題もなかった。そういう関係になろうとしていなかった私が悪いのだろうか。今の生活から抜け出していれば恩返しも出来たろうし、もし友人関係にでもなればいろいろアドバイスも欲しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

モダニズム短歌 目次
http://azzurro.hatenablog.jp/entry/2017/05/30/054929

 著者に関する情報を探しています。

特に小玉朝子、早崎夏衞の情報を。ご存知の方一報お願いします。
nostrocalvino@gmail.com

 

http://twilog.org/azzurro45854864
twilog歌人名または歌集名で検索すると、歌をまとめて見ることができます。