村上新太郎  (モダニズム短歌)

 

 

・正月朔日(ついたち)老いさらばひし木の葉さへ氷柱(つらら)とともにこほりゆくらん

・まなことぢ巢にこもりゐる鳥毛物(とりけもの)の思ひはおなじ秋の夜の雪

・じとじとに夜霧かぶさる闇の山ぬれてねむれる鳥おもひ出づ

・おし流される思ひをつかむまた捨てる流れつつはづかに合歡(ねむ)の花咲けり

・窓のそとの夜のお山はどす黝(くろ)い閉(と)ざせば重くせまりくるなり

・しづかなる夜の居間にして常盤木は指針(ししん)の如く冷(ひ)え徹(とほ)りゆく

・蘭の葉のかぐろき葉さきがひつそりと白い障子を突きさしてゐる

・乗合自動車に持ちこまれたる鉢植の梅見てゐると橇の音せり

・こころ飢ゑて寂しむ時しあらはれてペルシヤの猫の瞳ぞひかるなれ

・切符切る鋏よりはらら雪散りてやはらかき思ひあり北山しぐれ

・けたたましく街上(がいじやう)に鳴る跫音(きようおん)に驚くことはあはれなりけり

・目もはるに春を追へどもびしやびしやと雨はつめたく車窓(しやそう)を流る

・國際關係けはしくなりてエチオピア兵士ら駱駝の脊(せな)に高々と乗りぬ

・黒い洋傘(かうもり)を小銃に擬(ぎ)して君はかつてナポリの春の夜を行きにけり

・ぽかぽかと煙草のけむり天にのぼりいつしか雲になりにけるかも

・腐りたる落葉の層(そう)をふみゆけば老いゆくわれの音ぞするなり

・杉の木のにほひみちて居る山に入りわれより先に魂(たま)遊ぶなり

・どことなくまぶしい空を見上げたりしらじら見えない花が咲いてゐる

・サンチヨ・パンザの愚鈍(ぐどん)を讀みてこの冬も實(じつ)にあきたりなく暮し來にけり

・首延べてあはれなるかなや西歐(さいおう)のにほひ戀ひつゝ活動を見るも

・うら若きルネ・クレール氏いくたりかあらはれていよいよ空も夏らしくなれり

・酒あつく胃壁(いへき)に沁みて來たりければ鷲が空高く飛んでゐるやうである

・桃源のいやらしき色がめらめらと一室へだてて炎(も)えさかると

・帆船(はんせん)がゆるゆる通りきらめくは山峽(やまかひ)にしていたくわびしも

・別れ來し彼の女(をんな)らも春來れば意志の枝折りて火に焚きくべん

・かくのごとどんより曇つた空なれど一散にH₂Oの速力かなし

・野菜サラダ蜆汁などにほひ集(よ)せて黄色な室(へや)すみにある靑葉は樹木

・雁いく羽そら高くはるかゆくことは地球が廻るごとく淋しき

・夢うつつ毛虫がにじり寄り來るに燃料は次第に羊齒の下探し

・ナンダコツトと言ふ山の名を覺えしより一日中ナンダコツトを繰りかへしをり

・闘爭の心次第にしづみゆき時季(とき)すぎて色褪(あ)せし薊(あざみ)のひと群

・昆虫採集の靑いネツトが夏草をがばと伏せたるひかりなりけり

・身に一旦かかはり來ると思ふにぞ灼けし舗道をかつかつと踏む

ヒンデンブルグ號が墮ちて來る雄大な引力を見て外に出でにき

・果敢なる思ひあれどもトーキーの音響は次第に夢のごとさびし

・この夜はるかサン・テグジユベリねむらんとスタンドランプ消しもこそすれ

・パイプオーガンの彼方に戰爭たけなはなりひれ伏して見よ聞ゆるは何

・上層の空氣は冷えて寒々し紅き林檎を手にもてりけり

・ふみ石のながめ作ると植ゑたりしデイジーも枯れぬきびしき暑さに

・この底を電車通ると怪しみしこころ次第になくなりにけり (地下鐵)

・晝すぎて光しづめる北の海の深き靑みははや夏らしき

・藍深き海のさなかにひとつ帆のひかり傾(かし)ぐを今迄しらず

スヴニール・ド・オリムピアード

・塔上に奇(あや)しきほのほ燃えそめて大いなるナンセンス始まらんとす (1933 於ロサンゼルス)

・六條のコースは白く流れたり横切(よぎ)るものなき無氣味なたまゆら(100米決勝吉岡君)

・萬目の焦點100米のスタートラインに今ぞ立ち得し永久(とは)に殘らん

・見る見るスタートダツシユに强敵を壓したる瞬間を想起する事のよろしも

・渾身の跳躍いくばくか己が記錄に迫らざりし齒がゆさに吾も堪えざらんとす (走幅跳南部君)

・猛襲のひと跳(と)び正に極り杞憂(きいう)とけて一度にどつと喊聲揚る (三段跳南部君)

・七千哩の波頭を越えて聲低し選手(つはもの)等は今泣きて放送す (水上四百米)

 

プラタナス葉枯れ落ち散りからからと舗道が上を走りそめたり

・マリーネ・デイトリッヒ人妻なればかくさぐさの心惱みもおのづからに沁(し)む。

・口朱(くちべに)は紅(あか)からねども善男を其處とし牽(ひ)けば心足らふか

・夫(つま)に兒に持つ限りなき愛着こそ暗き畫面を出でて光れり

・アストラカンの襟なども實に昏く渺茫(べうぼう)と疾走(しつそう)する冬尊ばる

・ジヨニーと云へる兒ありてさほど母を戀しからざりきあどけなき兒よ

・雪を踏むわが沓の音その音は久しく忘れ居しものの如く身に沁む

・わが黒きオーヴアがひとつ雪積みし露地(ろじ)を出て行くなり妻よ兒よ

トルストイの短篇「コザツク」の雪の感じがあはつけくよみがへり來もよ障子明りに

・リヤリヤ子と云ふロシア女の兒あらはれて素足に走る河原砂(かはらすな)のひかり

・紅き花束紙にくるんで令孃一人だらだら坂を降りて來る朝のひかり

ハーゲンベツクサーカス

・ドイツより象熊獅子をつれ來り炎威砂上(えんゐしやじよう)に息吹(いぶ)きたむろす

・長々と動物の列思はする天幕の中より樂(がく)の音(ね)聞ゆ

・ポニー二十頭ばかりが圓形をつくり蹄(ひづめ)こまやかに歩む様(さま)はかなしも

・海つもの海驢(あしか)はかなし漂々(へうへう)と首ゆすりつつ毬さゝへたり

・ドンと一發銃聲鳴りし如くにもなりて獅子の出を待つ

・黒き熊栗のころがる如くにもころころと柵の中を走る

・すばやきは虎にしありけり鞭高く地に鳴る時は旣に塲(ば)になし


映畫所見

・近代都市の憂鬱相をつひぞ知らぬものの如くに見てしまひけり

・なにとなく機音(きおん)に心いらぢけりいらだてる心沈めたきなり

・一樹(いちじゆ)の靑(あを)もとめたくなりて見續くるあはれさは告ぐるによしなしと思ふ

・グランドホテルのこの雜多なる聲音(せいおん)にむなしき朗讀者のかげを見る

 

・ある男のヂレツタンチズムと言はうか色白き女フエリシタ北へ北へと急ぐ

・北海道の雪のさなかに來り女は活動寫眞の如き表情して息づきにけん

・このごろはシユール・レアリズムばかりなりひとまづ還(かへ)れおくつきどころ

・秋空の高く澄み透(とほ)りたるを仰ぎ居れば何だかさびし芥川龍之介

・唯我獨尊(ゆゐがどくそん)といふにはあらね閑(しづ)かにも痩せ細りたる芥川龍之介

・侏儒(しゆじゆ)一人秋野の土とねむるれど化(け)しがたみ土にうもるるぞよし

・河童(かつぱ)といふ陰(いん)に親しき綽號(あだな)さへあはれなりけれ今年や七年(ななとせ)

・野の草の吹き倒さるる中にして哀れぞ君がデスマスク一つ

・走り行くバスより遙かまがなしく花山天文台のDOMEかがやく

・シエストフの悲劇の哲學を三度讀みて鬱勃(うつぼつ)たりや正宗白鳥


夏野球

・白い帽子が一列となりてかけて行く靑い草生(くさふ)に光るものあり

・遊撃手のバツクモーシヨンは砂をあげ砂をあげあはれぞ空を見つめたり


ムーヴイスノオト

・左手は波まるで流れに乗つたコロツプみたいな人生だと言ふ聲に昏(くら)い雨が降り

・考へはかすかに巴里へ歸ること寂れたかすれた海を見て居り

・しめりたる靴は光らず息かけて拭けども拭けども海の香かげり

・霧けむりこまかき巷(まち)のテラアスにひかりかなしきStainlessナイフ

 

 

 

 

モダニズム短歌 目次
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