記憶
澤木隆子
1
目をつぶると顔が見える。
それは顔のない顔、
輪郭だけの顔、
無數の顔 顔 顔、
2
顔の中の一つがはつきりと浮び出す、
一つの記憶のMAKE UP それは『怖るべき顔』ではない。
私は目を開ける
3
子供らよ
お出で、童話(はなし)をして上げよう、
そこで私の卽興の創作(はなし)をはじめ
たよりなくも涙をながす。
ヒーローの顔を 私は識つてゐるのだけれど
子供らよ
その勇ましい人の名は秘密である。
4
私は笑ひ乍ら再び目をつぶつたが
記憶の表面は
湖(みづうみ)の様なものであつた。
『Rom』(紅玉堂 1931)より