風車の庭
いつかの日のやうにあなたはそこにたつてゐる。古風な草花をかんむりのやうにからませて。その胸は虹、瞳(ひとみ)はぬれた童話の匂ひがする。なにかそれはせつないほどの。遠(とほ)くとほく雲のはてをひかつた雪片を追つてゐる
わたしは喪失した沓をはいてそつとよりそふ、その乳兒の肌。黃昏色の輕羅をすかせば。あなたはかぼそくわらふ、深海の魚(うを)あなたはかぼそくわらふ、層楼の埃(ほこり)。わたしはなほもよりそふ
これは睡眠(すいみん)の扉(とびら)だらうか。瞬間うしろの騷音がわたしのこころをかきみだす。わたしはひしとあなたの手をにぎる。なんと、その手はわたしの掌のなかで花粉のやうに崩れる。わたしはふるへる鄕愁であなたをかき抱くあなたは一片の無臭の塊となる
それが約束でもあるかのやうに假死した蝶が笑ふとこはれた風車がことことまはりはじめたその乾いたこゑ。蒼ざめて目をあげると、凍つた時間のなかをたくみに逸走する白い鳩。白い鳩よ。それにしても。ゆふぐれの徑にむらさきの花はあまく、飾石にもたれると、夢辺の合唱がなほもきこえてくるのであるが。
「台灣日日新報」1937年8月2 8日
『日曜日式散歩者』(行人文化実験室 2016年9月)より
水蔭萍 雄雞と魚 台湾 風車詩社
利野蒼 或ル朝 台湾 風車詩社
林修二 喫茶店にて 台湾 風車詩社
丘英二 星のない夜 台湾 風車詩社