小沢青柚子  (モダニズム俳句)

ネット上で小澤靑柚子の句を余り見かけないので、できるだけ多く挙げてみました。

 

 

・うでまくりしたるもろての草むしり

・風搏てどなびくあたはず靑める芝

・あをぞらにたたかれバスの窓ゆけり

・森林のあをぞらに杭うつひびき

・鳩なりきみづくさあをき沼のそら

・競馬うま赤き覆面草を喰む

・あやめ咲き鴫の飼はるる水ほそく

馬鈴薯の花がなみうてりのどかわきぬ

・あをぞらが玻璃をあふれてくる机

・あきかぜはたとへば喬く鋭き裸木(らぼく)

・あきかぜにたまたま白き掌をひらく

・空氣銃黍よりひくく撃つを見き

・雪くるひバスの天井まるかりき

・まかるとて短日の陽をまれに見つ

朝顔に雨しとどなり飯(いひ)を食む

・水うてば流れながれて氷りけり

・鷺舞へり北風(きた)吹き線として流る

・ふみきりをうさぎのごとくバスに越ゆ

・日がよどみとんぼは石の痣となる

・霧がいまはがれて靑き玻璃となる

・ゆうやけがゆがんで寒くなる硝子

・あをぞらを離れて雪はしづくせり

・雪ふぶきポストは前を向かざりき

・雪ふぶきふぶきボレロの曲おこる

・麥ほめき天文臺はゆかでやむ

ペリカンが六月の陽にかわきゐる

・水族館を出てペリカンの貌とあふ

・火蛾舞へり一茶の軸は白く垂れ

・地球儀の影ゆき句集ひしめける

・かへるでの若葉つめたしひと握り

・手のひらは白く匂ひぬ走馬灯

・廢船にゐて寒鴉はたとたつ

・短日やおもちやからくりせはしなく

・幼兒ゐて聖樹の星をほしがりぬ

・藻刈舟あやつる腕の腕時計

・この觀賞魚(うを)は目高に藍を點(さ)せるごと

・闇にゐて緋薔薇の瀑(たき)が目を奪ふ

・如露の水如露をはなれて白薔薇

・如露の水緋薔薇をぬらし黃の薔薇へ

・懸崖の緋薔薇に如露を高くあぐ

・如露やめば緋薔薇のゆらぎ匂はしく

・夏雲たちよしきりのこゑ耳にみつ

・いもが欲(ほ)るものは白薔薇緋薔薇燃ゆ

・薔薇賣の不在(るす)なる薔薇をえらみをり

・瓦斯の燈を明るくひねり薔薇賣は

・月涼し月にまもられゐるごとく

・月涼し白きてのひら月にひらく

・甲板に鍛冶の火を撃ち汗垂りぬ

・梅雨寒やまひる火を焚く赤きいろに

・日にかざす麦稈帽は日に透(す)ける

・とまりたる羽根のかゞやき扇風機

・夏草のたけて花咲く花を知らず

・コスモスに夕飼のけむりゐて去らず

・こゑごゑはかりのまの闇にゐて涼し

・ほほづきはひとり遊びの子が鳴らす

・葛枯るるましらのごとく樹にからみ

・あきつ飛ぶこのよろこびを人は知らじ

・街(まち)小春白露の流民(るみん)羅沙を賣りに

・凪をゆきおなじながめの海に飽く

・霧の海わが吐く息を見ればみゆ

・霧の夜のひとかげなればかへりみつ

・鷺舞へり北かぜ靑くして染まず

・貝を剝く冬日の照りに閉づる目か

・波昏れて枯穂のさやぎなほきこゆ

・寒潮(さむしほ)に夜泊ての貨物船(ふね)は灯をいまだ

・墓碑そらをゆびさし丘のたそがれ來(く)

・鷗飛び吃水線にかつ沿へり

・黑奴をり船欄白くしてくろき

・霧降るがわびしと駱駝目はねむる

・日の丸の旗より高きもの梅雨ぞら

・あきさめはすべりて石をぬらしをり

・あきかぜに吹かれてきたる風白し

・雪とけてにごれりうつるひと澄みぬ

・生きものとともにこごえて雪のこる

・檻のなか猫がねむれりあはれなり

・木(こ)の昏れに鴉を飼ふはゆくりなき

・あきつ來と天のまほらの雲も見て

・カンナ炎え「長門」のマストそのはてに

・凧ながれひとつ入日に尾を振りぬ

・駅のまへ夜ひろびろと雨が降る

・鏡もて日をうけわれが面(おもて)をうけ

・電車ゆれ明るき電話局を過ぐ

・曇日のゆふやけにして麥そろふ

・梨の花散りてかわけり四月尽

・花なづな入日にわれらめしひたる

・うまごやし観世能樂堂敷地

・ものいはぬ馬らも召され死ぬるはや

・はたたがみ雌雄の鷄とまり木に

・夜振の火吹かれて崖を焦がすらし

・バス來れば國とりあそびふた岐れ

・夏來ては百日紅あかき墓地を忘れず

・避病院二月の木木をめぐらせり

・木の芽垣なかなる機械體操白し

・街五月眼帶のうちにわがかくれ

・秋空がカンとこはれてコツプあり

・枯園に噴水よよと立ちくづれ

・花曇すべて玉子はすかし見る

・自転車で河のまんなかまで來てみる

・松風にまみれて白く人寢たり

・風靑し電線も山を越え來たる

・理科室に赤き人體とゐるゆふべ

・赤き絲そよげり暑き日も暮れぬ

・松風にひとひらかわきゐし菫

・八重ざくら呆と見てをればみだらなる

・重湯より林檎の汁を飲み惜しむ

・鏡よりも明るき幾日ただに病む

・母よ見よ近頃の飛行機實に迅し

・骨董店黑き鎧が口をあきゐる

・おとならや木のぼりを忘れ木のほとり

・裏白き凧ぞあがれる夏の天

本願寺奥に何かあり階ほてる

・可動橋はじめてわたる顔暑く

・人妻とさりげなくをるに蚊にくはれ

冷え性の手にひときれの柿すべる

・柿食へば爪の大小も母に似る

・疲れゆき赤き月の出をかいま見に

・寒林に一箇の電車ひびき入る

・靄の夜の踏切はもだしゐるところ

・庭枯れて五六の金魚のみ赤し

・こまごまと塵の泛かべる初日かな

・子が泣けばなまじ日向のまぶしくて

・ある町の明治の屋根や冬霞

・冬の日や立て膝うすき人形師

・月の出の枝ばかりなる冬木かな

・火を焚けばふるさと匂ふゆうべかな

・歯磨粉ゆたかに含む春近み

・月夜よし山べの人は山を見む

・雪かわき自轉車りりと光り過ぐ

 

 


モダニズム俳句 目次

 

 

飯田兼治郎  (モダニズム短歌)

 近いうちに増補する予定ですが、余り長く休み過ぎたので、挙げておきます。

 

 

・飢えたものの目が
 行衞のない己の旅を急ぎたてるのではないか

・飢えたものたちが日夜あるいてゐる跫音がする露支國境地圖

・狹い巢のなかで生長した己に
 茫漠たる大陸地圖の示唆 !

・地圖を塗りわけて
 貧乏な邪魔者が訪れるのをはばみあつてゐるのだ

・長い間の闇から光りを喚びもどして
 地圖が一色に塗りあげられてゆくぞ

・思想を載せた列車が闇の中をはしりつづけてゐる音をきくのだ
 地圖の黑い線路

・母國を亡つた若いパパが
 土の上に座つて子供にキスをしてゐる

・絞首臺を下りて來た白系ロシア人の靑色の目がもつ革命期の憂愁

・建設のうしろに亡びてゆく人々
 子供は草に話しかける言葉をおぼえて

・大陸の日が沈む地平線は
 海のやうに傾いてゐる

・靑いペンキで塗られたポストの口から
 ほつかり妻の手紙がくるではないか

・船體を空にまきあげられたジャンクは
 破れたメーデーの旗をたてたまま

・國際都市の大空を支配する
 起重機の鐵柱が放射する力 !

・がつしりした起重機の膂(て)に己の傷ついた心を抱かせるのだ

・いきなり刺し殺される
 ヒステリカルな感激を抱いてゆく支那

・愛を亡うた體に突き刺つてくる
 まつ赤な支那ナイフの興奮

支那人の顏、支那人の顏、己を殺してくれる奴があると思ふのがなつかしいのだ

・誰も知らない支那人街の底で
 殺されてゆく自分を考えてゐるのだ

・阿片の切れた支那人の體をはつきり感じてゐる愛を亡うた心 (碧山莊阿片窟)

・生命を安々と賭けた阿片隠者のまへを革命は通過した

・おそらく發見(みつ)かることのない阿片窟でひとりの魂を抱いて死ぬのだ

・ああ・人生の空間を急速度でつい落する自分を茫然と意識してゐる

・腹の底から話しあいたくて
 支那の靑年に頭を下げた !

・新しい生活を築きあげた
 同志のがつしりした手をに握つてゐる靑年

・まつしぐら行動に移つていつた
 靑年支那の激情があふれた大陸

・同志のおほかたは
 理論と歴史の洪水におぼれて轉落した

・線香花火のやうな理論を机の上ではじらせてゐた同志の脱落 !

・生命をすてた無鐵砲さが
やたらに人を愛したくなるのだ

・水夫(マドロス)と淫賣(ヤーチ)と苦力(クリーン)の飢ゑた目が
 己の飢ゑた目とかち合うのだ

・心臓が破烈して死ぬ空想を抱いてロシアの汽車にのつてゐる
 深夜 !

・燈火を消した苦力列車のひびきが
 頭のなかを通過してならない

・密併(みつぺい)した寢臺車の鏡にうつる
 己の飢えた目をおそれる

・萬國寢臺車の窓に思想の匂ひがぷんぷんする赤い花束 !

・新しいロシアを横ぎつてきた尨大(ぼうだい)な機關車が己の體を敷いて通つた

・ロシア文字のスローガンをかかげた
 列車が放射するモスクワの激情

赤旗をかざりたてて驀進する機關車!
 五ケ年計劃の巨大な面貌だ

・まつ赤な帽子をかむつた少女が萬國寢臺車から下りて來た・朝

・ロシア語のアクセントで東洋の言葉をなげつけてくる・フラツパーな彼女

・赤い五月に突撃する彼女の
いのちをなげだしたフラツパーな風貌

貞操を認識しない彼女のあけはなたれた
 體、體、ああ斷崖だ

貞操は思想と國籍をこえて
まつ赤な花瓣をなげつけてくる

・危險地帯を侵してゐる少女の體にあふれた一九三一年の情熱

・危險にふれてゐる生命の躍動が
 國籍を無視してせまるのだ

・思想を胎んだスラブガールの
 震憾たる情熱がおしよせてくる

・勞働服を着た若いコンミユニストの
 魅力があふれた工場

・不思議な吸引力をもつ婦人コンミユニストの顏がある 機械 機械

・コンデイシヨンのよい機械が
 彼女達の體を解放してゐる 明るさ

・ソヴエート建設の若々しさをみながらした女體が工場にいつぱいだ

・潑刺とした蒸氣機械とコンミユニスト工場の外は大陸の起伏だ

・若いコンミユニストの衝動した視線
 帶革(ベルト)は急速力で囘轉する

・ながいこと空腹に馴されてきた少女の卓におかれたパン ソヴエートの夜明だ

・パンを燒いてゐる少女の顏 あゝ自分達のパンを燒く日が來たといふ喜び !

・すばらしいパンの燒たてをとりまいた !少女達の幸福さがあふれて

・黑麥の燒パンの匂ひが
 己の空腹をみたしてくる

・ぷんぷん燒パンのこげる匂ひが
 コーカサスの集團農場(コルホズ)をつゝんで

・國籍のないジプシイ女の奔放な顏が
 大陸の朝光を浸して

・生き拔かうとするジプシイ女の認識
 ロシア大陸の十月 !

・いきなり 波の上にシベリア大陸が浮び上がつてくる幻像

・ぴつたり
 封鎖した税關の黑い扉が憂欝な港だ

・失業したロシア貿易港の驟雨だ
 煙を吐かぬ汽罐車

・倉庫の黑い壁に張つた航海圖
 己の立つてゐる海の向うが浦鹽だ

・L L 黑い壁の頭文字(イニシアル)が暗示する
 失業港風景

・危險信號の旗を立てた汽船が
 眞黑い風景の港を朱で浸した

・港は失業の苦悶に喘いでゐる
 うごかない起重機は黑塗だ

・暴風雨の暗い海だ
 トロツキーの顏が溺れてゐる

・波止場に海を見てゐるロシア少女の簪は黑い毛糸である

・先生の眼にウラジオの燈火がうつつてゐるのを感じる夜の別れだ

・思ひきり自由にのびた檳榔樹が
 亞熱帯の空をさゝへてゐる

・びんらう樹のすこやかな樹幹が
 奔放な觸手をのばす朝の蒼空

・びんらう樹の林に赤い天幕はり
 生蕃がおどるまひるの光線

・せい悍な阿里山蕃のはなしたる木製の矢が空をながれる

・巨木を胴伐りにした宿の机に森林帶地圖をひろげてしたしむ

・みやくみやく血が脈うつてゐる感じ
 森林帶地圖の赤い登山線

・新高主峰の尖端までひかれた
 赤い登山線の蠱惑だ

 


著者についての情報やご意見を戴ける方はこちらまで。
nostrocalvino@gmail.com


モダニズム短歌 目次


http://twilog.org/azzurro45854864
twilog歌人名または歌集名で検索すると、歌をまとめて見ることができます。

 

 

日野草城  (モダニズム俳句)

 

「ミヤコ・ホテル」十句

・けふよりの妻(め)と來て泊(は)つる宵の春

・春の宵なほをとめなる妻と居り

・枕邊の春の灯(ともし)は妻が消しぬ

・をみなとはかゝるものかも春の闇

・薔薇匂ふはじめての夜のしらみつつ

・妻の額(ぬか)に春の曙はやかりき

・うららかな朝の燒麵麭(トースト)はづかしく

・湯あがりの素顔したしく春の晝

・永き日や相觸れし手は觸れしまま

・うしなひしものを憶(おも)へり花ぐもり

   ★  ★  ★

・春の夜や檸檬(レモン)に觸るる鼻のさき

・春の月ふけしともなくかがやけり

・春の灯や女は持たぬのどぼとけ

・蠅一つ夜深き薔薇に逡巡す

・新涼や女に習ふマンドリン

・船の名の月に讀まるる港かな

・二三點雨の乾かぬセルの肩

・冬薔薇の咲いてしをれて人遠き

・春の蚊のひとたび過ぎし眉の上

・老孃の看護婦長の四月馬鹿

・をさなごのひとさしゆびにかかる虹

・灯を消せば靑い月夜がのぞく窓

・重ね着の中に女のはだかあり

夕映のしりぞく卓布眞白にぞ

・みづみづしセロリを嚙めば夏匂ふ

・七月の冷たきスウプ澄み透り

・水差にかちんかちんと夏氷

・伊勢えびにしろがねの刃のすずしさよ

・マカロニが舌を焦がしぬ風涼し

・靑メロン運ばるるより香に立ちぬ

・珈琲(コーヒー)や夏のゆふぐれながかりき

・靑楡(あをにれ)の森の奥處(おくど)へ自動車疾(くるまと)く

・わが原始風に觸れつつかくれなし

・ころぶして地球の膚に觸れたりき

・アダムめきイヴめき林檎嚙めるあり

・仰向(あおのけ)に神の眠りをねむりたり

マンドリンやさしき膝に載りそろふ

・うごかんとして靜かなる銀の指揮棒(タクト)

コントラバス白き腕(かいな)を纏(ま)きて彈く

・男(を)の指にギターつぶやきためいきす

マンドリン哭きつむせびつ女(め)の指に

・ひしひしと樂を鞭(むちう)つ銀のタクト

・彈きこぞる音のたかぶりのそのきはみ

・陋巷の裏へ夏野が來て靑し

・ひと拗(す)ねてものいはず白き薔薇となる

・飇天(へうてん)に孤獨なる月よ照るほかなし

・夕雲の熱きに觸るる傳書鳩

 

 

 

 

 ※「春の宵なほをとめなる妻と居り」には「夜半の春なほ處女(をとめ)なる妻と居りぬ」のヴァリアントもあるような。

 

モダニズム俳句 目次

 

 

平畑静塔  (モダニズム俳句)

 

・花が散る村のポストへ看護婦が

・そのころの解剖(ふわけ)の畫帳曝しあり

・舟鉾の螺鈿の梶があらはれぬ

・瀧近く郵便局のありにけり

・燈籠と泳ぎ別るる荒男見ゆ

・白き霧あふれて開く朝の門

・セツト輝(て)り含嗽ぐすりの色靑き

・女優出て月光冴ゆるセツト裏

・大年の街を乙女は書を讀みつ

・新春の人立つ書肆に今日も來る

・蛾の迷ふ白き樂譜をめくりゐる

・ホテル裏花の墓場が昏れてゆく

・靑空に躁狂(マニア)の手なる凧澄めり

・道中の娼家の鏡かゞやける

・傘止の生身の汗の光るとき

・地圖賣の女(め)顴骨が灼ける寺

・死にはべる銀につめたき壺を抱き

・ホスピタル算盤はじく夜をともり

・驅黴藥少女に注すと日は蝕えし

・ギター彈く樹下狂人に日は蝕えし

・蜜柑咲き海峽音を聞けり寡婦

・七夕のほろびたる朝移民發つ

・絕巓へケーブル賭博者を乗せたり

・鳩の足路上に赤し泥激(たぎ)ち

・ホール裏密林帶に秋が來る

終電車手に靑栗の君を歸し

・蟬擲てば狂人守の夜が疲れ

・冬園に尼となる身の犇と立てり

・聖女體煙のごとし訣れ去る

・冬天よ田村秋子は亡ぶるな

・病院船牧牛のごとき笛を鳴らし

・病院船海豚に花は棄てられる

・病院船晩餐の僧いや哄ふ

・難民の踊る假面の眼を感ず

・難民と神父とのみに居らしめよ

・ガスマスクやけに眞赤な雲だけだ

・混血のソロ低くせり除夜の家

・力士默々と撲(う)ち去りぬ開港の夜へ

・聖誕日旅人三鬼の髯伸びし

 

 

 

 

モダニズム俳句 目次

 

 

横山白虹  (モダニズム俳句)

 

・春晝の線路步めば咎めけり

・病院の春夜の跫音(あおと)たまさかに

・椿道ふむや漂ふ月の色

・自動車の灯おつるところ草の王

・霧の奥灯るごとく月出でぬ

・よろけやみ七夕ながすものに從(つ)けり

・よろけやみあの世の螢手にともす

・街上の雪はしきりに圖書の舗(みせ)

・浪のりにうめどもホテル眞晝なり

・浪のりは鋭(と)き口笛をならしたり

・ラガー等のそのかちうたのみじかけれ

・春の夜の船のポストを尋(と)めあてぬ

・大旱(たいかん)の空をひそかに煤降りぬ

・煖爐あり壁の曆のあすを指し

・そのひとりなだれのひゞき耳にせり

・冬こしてどろりと靑き池の底

・苔靑くゼンマイの船難破せり

・颱風のサナトリウムは白き墓石

・颱風の廣間の闇のアマリゝス

・秋の夜の雨すふ街を見てひとり

・魑魅來(すだまき)て夜毎(よごと)の棟(むね)に腰(こし)かくる

・怪鳥(けてう)たつ梢も地震(なゐ)にうちふるへ

・沼(ぬ)の精靈(すだま)口より吐くは曼珠沙華(まんじゆさげ)

・紅椿後鬼(ごき)がかざして雪霏々たり

一言主(ひとことぬし)雪を蹴立てゝ雪を蹴て

・獸神を呪縛の聲の射とめたり

・通り魔が鴉(からす)にのりて夜空ゆく

・獸神孕兒(けものがみはらみご)の血に飢ゑ猛り

・結界に精靈(すだま)が集ひ犠(にへ)を割き

・雪霏々と船の別れの樂に和す

・雪霏々と舷梯のぼる眸(め)ぬれたり

・徐々とゆく船の欄干雪を載す

・雪霏々と船のありたる海へ吸はる

・外套の襟立て襟をのぞく葉巻

・陸(くが)をさす葉巻の灰の海へ落ちぬ

・海昏(く)るゝ苑(その)の點心花八ツ手

・颱風の海峽の窓ランチタイム

・颱風來(たいふうらい)あをきかけらの空をのこし

・タイプうつ視野には黃なる花あふれ

・タイプライター覆へば室は死んでゐる

・鷹の羽ひろへり砂丘はれわたり

・栗靑しつゝむ手帛の頭文字

・病廊におちゐし黑きへやーぴん

・傷兵に機關銃(ミシン)の音の夜は鳴る

・銃眼に夜雲は白き肢體なす

・銃眼に更けては狙(ねら)ふ夏天の星

・銃眼にオリオンベルト撃ちおとす

・草藉(し)けば深夜の汽車の疾走す

・燈管の船の浴槽のみ煌々(くわうくわう)

春天へ障碍こえし馬かゞやく

 

 

 


モダニズム俳句 目次

 

 

東京三(秋元不死男)  (モダニズム俳句)

 

・氣球浮き囚徒に奢る街眩し

・市場(いち)たけなは理髪師椅子にゐて眠る

・靑果散り日覆からからと商區覺む

・肉フライ造船工の歸路に盛られ

・造船工にパン屋の騾馬が遅れつつ

・ペダル踏む少年工に町は祭

・造船工歸り龍骨地に灯る

・耶蘇のうた嗄れ運河も落葉期(らくえふき)

・十字架の鐵鎻落葉の地に低き

・音樂堂雨露(うろ)の椅子置く園落葉

・泊つる船みな街へ向く園落葉

・夜の落葉港埠にきたり靴ひびき

・寐にかへる船のマドロスに落葉降る

・貨車の階高く港埠の草は枯れぬ

・機首掠め斷崖(きりぎし)の百合を鋭(と)く立たす

・夏山の起伏はるかに飛機あがる

・飛機墜ちぬトマト畠に茄子畑に

・梢(うれ)の飛機少年が攀ぢ少女が仰ぎ

・ルンペンら火を焚き運河薔薇色に

・クリスマス地に來ちちはは舟を漕ぐ

・魔窟の夜水兵が遇ふ白き擧手

・夜の娼婦令孃と化(な)れり可笑しからず

・夜夜凍てぬ人に娼婦に哀史あり

・製鐵所つひに女を見ざり冬

・税關吏ボール投げ合ひ海は春

・春の晝欲しや汽艇は波に白く

・給水船川口に錆び海月くる

・星凍りひと寢し汽車の灯に堰かれ

・外人と默す昇降機(リフト)に砲鳴れり

・空襲の月夜の潮がひいてゐる

・少年驛夫鋏鳴らせりクリスマス

・プール涸れ外套を着て降(くだ)る梯子

・プール涸れ競泳水路(コース)の白磁蹈むは美(は)し

・プール涸れ夏あをき淵を坂にせる

・冬木影坂にはあらずプールの壁に

・工場の枯れし球場に貨車廢(すた)れ

・木木芽ぶく銀行に銀貨こぼれる音

・交換手木の芽の朝を歸るなる

・よこたはる煙草いつぽん冬帽に

・寒潮に少女の赤き櫛が沈む

・打ちあげられ一片の靴冬濱に

・枯芝に本とボートが覆(かへ)しある

・母美しとほき干潟にゐてひかり

・高階の齒科に子が泣く花ぐもり

・少年盲(めしひ)たりラヂオ體操を忘れ從(つ)けず

・少女盲たり若芝を摘みて日に翳す

・路次に鳴り目醒時計(めざまし)猛る夏の曉

・鏡中にヨツト傾き子の熟寢(うまい)

・煙草すて娼婦しづかに海に入る

・幕のひま奇術をとめが海にゐる

・驟雨が來波間の少女色かはる

 

 

 

 

モダニズム俳句 目次

 

 

三橋鷹女  (モダニズム俳句)

 

・すみれ摘むさみしき性を知られけり

・蝶とべり飛べよとおもふ掌の菫

・手花火のしだれ柳となりて消ぬ

・春の夢みてゐて瞼ぬれにけり

・夏瘦せて嫌ひなものは嫌ひなり

・しづかにしづかに地球はめぐり萩の咲き

・煖爐灼(や)く夫(つま)よタンゴを踊らうか

・髪おほければ春愁の深きかな

・こんとんと秋は夜と日がわれに來る

・冬來るとあたりけだものくさきかな

・みんな夢雪割草が咲いたのね

・女の香のわが香をきいてゐる涅槃(ねはん)

・蜂飛んで日はかなしびの女を搏(う)てる

・天地ふとさかしまにあり秋を病む

・詩に瘦せて二月渚(なぎさ)をゆくはわたし

・しやが咲いてひとづまは憶ふ古き映畫

・きしきしときしきしと秋の玻璃を拭く

・四五本のけいとう燃えてゐる疲れ

・冬來るトワレに水の白く湧き

・めんどりよりをんどりかなしちるさくら

・この樹登らば鬼女となるべし夕紅葉

・短日のギターに縋(すが)りギター彈

・沈丁(ぢんちやう)やをんなにはある憂鬱日

・夏深く我れは火星を戀ふをんな

・日の穹(そら)へ羽蟻あとよりあとより飛ぶ

・カンナ秋體溫あつく吾ぞ生くる

・秋日射し骨の髄まで射しとほし

・こころ火の國にあそべる粉雪かな

・煖爐燃え牡丹雪とはかかるもの

・おもふことみなましぐらに二月來ぬ

・靑葉影あをきピアノを打ち鳴らし

・罌粟(けし)散つてこころに抱くは鳥獸

・かなしきはギヤマンの瞳(め)の毛皮の瞳

・こころ燃ゆ夕映燃ゆる束の間は

 

 

 

 

 

モダニズム俳句 目次