早崎夏衞『白彩』Ⅰ (モダニズム短歌)

・まなぶたをうらがへされて待避線路に億兆の夢をわれは追ひゐし 

・みがまへてきびしきこころひねもすをみじんに刻みつひに氣死する  

・なにか魂(たま)をついばむものを怖れながらまちうける陷穽をおもふはたのし
 
・黒蝶の翅(つばさ)を透(す)かしけふもまたからまる不安日南ぼこしてゐる  

・追ひつくすきはまりもない夢をもちかくてかなしみを塗りつぶすべき 

・足もとの薫花(くんくわ)をみつめさつぱりとうしなひがたいくるしみをまもる
 
・卵殻(らんかく)を彩(いろど)り耽(ふ)けるにこにことフランス少女のうたをききつつ

・淡白(あはじろ)いあかりのもとのカレドニヤの花であるきみに觸れようとせず

・傾ける時間を逸(そ)らし考へることがらにふれるは黄薔薇のみなり 

・Esthoniaの子供がわすれたエストニアの旗が雪中(せつちゆう)でわれをとらへぬ 

・花蜜(ネクタア)に脣(くち)ふることもおそらくはなき獨木刳舟(まるきぶね)でひとのたまはふる 

・春晝(しゆんちゆう)を瓣(びら)にほはせるシネラリヤわが心波(しんぱ)さへ緋(あけ)を映(うつ)しぬ 

・照りつける日に時計店の臘石のやうな柱が光にぬれてゐる 

・碧空(そら)の觀葉植物(コリウス)がはこぶいちまいの通信にいまは生死(いきじに)もかけるわれなり

・飾壁のかげからのぞくつばらかな紅頬(べにほ)は白鬼(はくき)の氣をさらふなり 

・靑葱ヲ踏ミテ子供ガクリクリト目玉ヲムイテワレヲ視テヰシ              (クリクリ上````)                 
・望遠レンズにうつる花園からすばらしい樂典がけさ生れんとする

・噴水のあふるる水に花瓣(はなびら)はわが掌(て)は艷(にほ)ひ春ふかまりぬ 

・黒い壺を撫でれば感じ易くなり透明の蜂をいたはりもする 

・Ink Eradicator(いんくけし)で消(け)のこされしやうな人ばかりうろついてゐる公園をとほる 

・硝酸をおとせば白磁の器にて牡蠣ひりひりと死してひそけき

・季節はじめに緋葵の花ちぎれとびわが掌(て)にありて貌(かたち)を變へる 

・檢風氣球(パイロツト・バルウン)で僊(あが)りこんこんとむらさきのそらにねむりはつるべきか

・徑のかなた空ばかりのなかに椿あり朱(あけ)ぬるる玉にふれるおもかげ 

・空ざまにふくれあがつた水平線はるばるとわがこころはこびゆく 

・寝つつ手鏡(てかがみ)に庭の草ばなをうつしみて影のしづかさをいつくしみをり

・碧空(そら)にkira kiraひかる透明の蜂の翅NYK旗(き)もはためき映ゆる 

・白鳩の羽波(はなみ)ひとしきりおしながれわが頭(づ)はとみにさわやかとなりぬ

・脊椎にひそむ蟲けらをほろぼすは光のそらをかけめぐるため 

・眼のうるむ川のひかりにおもひでをのせ北方にむけてながしぬ 

・われはもうけつして溝を覗かざり空のしづくにひとみをぬらす

・蕾固い椿をちぎつてなげつけた幼時の友と詩をかたりけり 

・隅の方(かた)から紅薔薇匂ふ夜ふかくアマリヤ・ユングにわれひたりゐる

・溜息は美しい花瓣なり去来する蝶蝶のわれをいたはつてやれ 

・マーブル・ホワイトの裸像にそそぐひとすぢの静脈のごとき細い光あり

・落葉はしる渇いた冬のpreluideをわびしくつまらなく牕(まど)にきいてゐる

・白い花にたたふつめたき誇りあり孔雀蝶孤(ひと)つ延目(なのめ)に入る 

・プラットホームの光圏のなかの石疊をぐるりと旋(まは)る影法師あり 

・樹を彩るSARACEN模様の風白いバラは赤いバラとなり空へはしりぬ

・花花の孃たちはずむバスが過ぎた初夏の樹蔭(じゆいん)に白鳩を放つ 

・植物にきらきら垂れる夏の日の靑い滴を掌(て)にうけてゐる

・日のしづくにぬれつつわれはギヤロツプの足どりをもて曠野をよぎる 

・人間の息にくもりてこれがレンズは冬さびの視野をすでに知りにき



早崎夏衞『白彩』Ⅱ
早崎夏衞『白彩』Ⅲ


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