橋本甲矢雄  (モダニズム短歌)

 

 

・幻燈を見に行きませう あの古い傳統の繪は氣高いね 靜止の駝鳥勲章の輝かしさ

・馬に乗つてオリムピツクへ行く 僕の背なかでパラソルが廻つてゐる 廻つてゐるね

・雲のマントを脱ぎ裸の無花果はうぶ毛の芽をひらいた 早くお入りなさい

・春の無花果はけだもののやうな手をひらいた 明るいね 柔な枝が私の肩で息づいてゐる

・スレエト屋根に感情のこまかいゼラニウムが咲いた ここを見上げてゆく人はみな幸福さうだ

・殿下たちの馬 雲は春へと旗をたてた 四月や茴香草(ういきやう)のにほひがする

・花のある機上 縞の日に越えてきたが 街も河もみんな傾いて撮れた

・林檎の花にかくれたシルクハツト むかし僕を辱めたコタンの紅顔にこたへる

・葵家族の肩に雲が下りる腊葉(おしば)のにほひに良夜の蔭に滿ちた

・薔薇の銃眼をのぞく 轣轆とちかづく車には細い鼻の・・・・・・類が花ざかりだ

・胸をふくらませた帆船(はんせん)のやうにきこえないかね 屋根をかすめる鷗のあはただしき羽搏よ

・そのとき海から瀧が見えます 僕はあけがたの木椅子に凭るあけがたの博士(はくし)である

・貧民區の硝子はバラいろの波瀾を背負つてゐるね ああ落雷せよ

・兀鷹の啄む日の靑じろい詭計 片手は狼狽めぐりに花を散らせ

・植物的夜明 苦惱に盲ひた北方 手帖よ わが細つた狼の花の足を印(しる)す

イスパニアと言ひたまへ 新領土には花椿がまあるく咲き イスパニアと蔭で呼ぶ

・きみの花びらの耳に 黄昏のうちに捉へる 雲なす合歡花(ねむ)のさわぎは戦(いくさ)よりはげしい

・しひたげた胸に草かこむ 羊齒の葉のぎざぎざに民族の目の憎みあふ

・みどりの子宮のなかの肉體 花もつメダイヨンこの胸 われは沈黙の師である

・穿たれた外套のうらに 花咲ける母の 名品 賣春婦を見る

・戰禍のおよぶ わが馬しろく 灰の像をたてる 振る かなしみ

・自盡(じじん) 知慧の壮麗な系統よ お前はふるへて三十五の葩(はなびら)がおちる

・沈湎する貧しい折紙 お前の枝に飾る十二月の花たち 胸にあふれよ

・瀧つ瀬 廢宅のなかできこえた 春のうららかさにはくらぶべくもない

・枯葉いろの天文館 海べから遠い あれは肥えた鴨が歸るのである

・町を出ると囚人や薔薇のはな 端然とする おもひ返してくる

・花或は蜻蛉 囚人や職業婦人が日傘をさして出入りします

捺染(なせん)の鳥 喪中の門(かど)を通りかかり昨日はここは靑葉にかくれてゐた

・海霧(ガス) 雁のやうに嘴(くち)をあける どこで毬をついてゐるのかしら

・牡蠣は裸になつて娘と沐浴した シトロンの泡にくすぐられるときつと笑つた

・雲形の娘の泳ぐのは蛞蝓よりも美しく 河幅を一望した

・海濱ホテル はればれとポスタアを貼りなにごとが起こるのでせうか

・美術館を出てきた妹 雁がならんでゆく 手ぶらでわたしは挨拶をした

・アート紙を切拔く 干潟よ 鶴の行方は小さな安心である

・河の上(ほとり)にこまかい花が咲き靑の木綿着の囚人が話しながらあつまる 次第に秋風に移つた

・唄つてゐる鶯 眠つてゐる鶯 倦れた少女の肩に雲は遡つて行つた

・沼地の鴫は飛ぼうとしない ここから見える 軍色の地圖のやうにひろい

・あなたは雲を聽いてゐるしかして 邊境の鶯が啼き はつきりして來る

・手は魚介のやうに淸潔だ 起伏する 夜目にむかひ連なる

・隻手の息子は娘に李(すもも)の花を贈つた それは黄いろい脚にこぼれるすもものはなびらである

・みづいろの旗艦 サラダの好きな少年は心理學の本を開げる みづいろの海であつた

・平野は日暮(ひぐれ)に近い 一臺の旅客機が花束を飾り日暮に海へ發つた

・橇で町を通りぬける 椿よまち構へ ひくい木かげで雉を打ち落す

・湖沼地帯は清潔に水木(みづき)の花が咲いた それで左方の眼に湖たちは明るかつた

・退屈な帆前船がたち去るまで少年は海を畫いてゐる靑い鉛筆がないので海は靑いと思ふ

 

 

 

モダニズム短歌 目次

 

 

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村上新太郎  (モダニズム短歌)

 

 

・正月朔日(ついたち)老いさらばひし木の葉さへ氷柱(つらら)とともにこほりゆくらん

・まなことぢ巢にこもりゐる鳥毛物(とりけもの)の思ひはおなじ秋の夜の雪

・じとじとに夜霧かぶさる闇の山ぬれてねむれる鳥おもひ出づ

・おし流される思ひをつかむまた捨てる流れつつはづかに合歡(ねむ)の花咲けり

・窓のそとの夜のお山はどす黝(くろ)い閉(と)ざせば重くせまりくるなり

・しづかなる夜の居間にして常盤木は指針(ししん)の如く冷(ひ)え徹(とほ)りゆく

・蘭の葉のかぐろき葉さきがひつそりと白い障子を突きさしてゐる

・乗合自動車に持ちこまれたる鉢植の梅見てゐると橇の音せり

・こころ飢ゑて寂しむ時しあらはれてペルシヤの猫の瞳ぞひかるなれ

・切符切る鋏よりはらら雪散りてやはらかき思ひあり北山しぐれ

・けたたましく街上(がいじやう)に鳴る跫音(きようおん)に驚くことはあはれなりけり

・目もはるに春を追へどもびしやびしやと雨はつめたく車窓(しやそう)を流る

・國際關係けはしくなりてエチオピア兵士ら駱駝の脊(せな)に高々と乗りぬ

・黒い洋傘(かうもり)を小銃に擬(ぎ)して君はかつてナポリの春の夜を行きにけり

・ぽかぽかと煙草のけむり天にのぼりいつしか雲になりにけるかも

・腐りたる落葉の層(そう)をふみゆけば老いゆくわれの音ぞするなり

・杉の木のにほひみちて居る山に入りわれより先に魂(たま)遊ぶなり

・どことなくまぶしい空を見上げたりしらじら見えない花が咲いてゐる

・サンチヨ・パンザの愚鈍(ぐどん)を讀みてこの冬も實(じつ)にあきたりなく暮し來にけり

・首延べてあはれなるかなや西歐(さいおう)のにほひ戀ひつゝ活動を見るも

・うら若きルネ・クレール氏いくたりかあらはれていよいよ空も夏らしくなれり

・酒あつく胃壁(いへき)に沁みて來たりければ鷲が空高く飛んでゐるやうである

・桃源のいやらしき色がめらめらと一室へだてて炎(も)えさかるとも

・帆船(はんせん)がゆるゆる通りきらめくは山峽(やまかひ)にしていたくわびしも

・別れ來し彼の女(をんな)らも春來れば意志の枝折りて火に焚きくべん

・かくのごとどんより曇つた空なれど一散にH₂Oの速力かなし

・野菜サラダ蜆汁などにほひ集(よ)せて黄色な室(へや)すみにある靑葉は樹木

・雁いく羽そら高くはるかゆくことは地球が廻るごとく淋しき

・夢うつつ毛虫がにじり寄り來るに燃料は次第に羊齒の下探し

・ナンダコツトと言ふ山の名を覺えしより一日中ナンダコツトを繰りかへしをり

・闘爭の心次第にしづみゆき時季(とき)すぎて色褪(あ)せし薊(あざみ)のひと群

・昆虫採集の靑いネツトが夏草をがばと伏せたるひかりなりけり

・身に一旦かかはり來ると思ふにぞ灼けし舗道をかつかつと踏む

ヒンデンブルグ號が墮ちて來る雄大な引力を見て外に出でにき

・果敢なる思ひあれどもトーキーの音響は次第に夢のごとさびし

・この夜はるかサン・テグジユベリねむらんとスタンドランプ消しもこそすれ

・パイプオーガンの彼方に戰爭たけなはなりひれ伏して見よ聞ゆるは何

・上層の空氣は冷えて寒々し紅き林檎を手にもてりけり

・ふみ石のながめ作ると植ゑたりしデイジーも枯れぬきびしき暑さに

・この底を電車通ると怪しみしこころ次第になくなりにけり (地下鐵)

・晝すぎて光しづめる北の海の深き靑みははや夏らしき

・藍深き海のさなかにひとつ帆のひかり傾(かし)ぐを今迄しらず

スヴニール・ド・オリムピアード

・塔上に奇(あや)しきほのほ燃えそめて大いなるナンセンス始まらんとす (1933 於ロサンゼルス)

・六條のコースは白く流れたり横切(よぎ)るものなき無氣味なたまゆら(100米決勝吉岡君)

・萬目の焦點100米のスタートラインに今ぞ立ち得し永久(とは)に殘らん

・見る見るスタートダツシユに强敵を壓したる瞬間を想起する事のよろしも

・渾身の跳躍いくばくか己が記錄に迫らざりし齒がゆさに吾も堪えざらんとす (走幅跳南部君)

・猛襲のひと跳(と)び正に極り杞憂(きいう)とけて一度にどつと喊聲揚る (三段跳南部君)

・七千哩の波頭を越えて聲低し選手(つはもの)等は今泣きて放送す (水上四百米)

 

プラタナス葉枯れ落ち散りからからと舗道が上を走りそめたり

・マリーネ・デイトリッヒ人妻なればかくさぐさの心惱みもおのづからに沁(し)む。

・口朱(くちべに)は紅(あか)からねども善男を其處とし牽(ひ)けば心足らふか

・夫(つま)に兒に持つ限りなき愛着こそ暗き畫面を出でて光れり

・アストラカンの襟なども實に昏く渺茫(べうぼう)と疾走(しつそう)する冬尊ばる

・ジヨニーと云へる兒ありてさほど母を戀しからざりきあどけなき兒よ

・雪を踏むわが沓の音その音は久しく忘れ居しものの如く身に沁む

・わが黒きオーヴアがひとつ雪積みし露地(ろじ)を出て行くなり妻よ兒よ

トルストイの短篇「コザツク」の雪の感じがあはつけくよみがへり來もよ障子明りに

・リヤリヤ子と云ふロシア女の兒あらはれて素足に走る河原砂(かはらすな)のひかり

・紅き花束紙にくるんで令孃一人だらだら坂を降りて來る朝のひかり

ハーゲンベツクサーカス

・ドイツより象熊獅子をつれ來り炎威砂上(えんゐしやじよう)に息吹(いぶ)きたむろす

・長々と動物の列思はする天幕の中より樂(がく)の音(ね)聞ゆ

・ポニー二十頭ばかりが圓形をつくり蹄(ひづめ)こまやかに歩む様(さま)はかなしも

・海つもの海驢(あしか)はかなし漂々(へうへう)と首ゆすりつつ毬さゝへたり

・ドンと一發銃聲鳴りし如くにもなりて獅子の出を待つ

・黒き熊栗のころがる如くにもころころと柵の中を走る

・すばやきは虎にしありけり鞭高く地に鳴る時は旣に塲(ば)になし


映畫所見

・近代都市の憂鬱相をつひぞ知らぬものの如くに見てしまひけり

・なにとなく機音(きおん)に心いらぢけりいらだてる心沈めたきなり

・一樹(いちじゆ)の靑(あを)もとめたくなりて見續くるあはれさは告ぐるによしなしと思ふ

・グランドホテルのこの雜多なる聲音(せいおん)にむなしき朗讀者のかげを見る

 

・ある男のヂレツタンチズムと言はうか色白き女フエリシタ北へ北へと急ぐ

・北海道の雪のさなかに來り女は活動寫眞の如き表情して息づきにけん

・このごろはシユール・レアリズムばかりなりひとまづ還(かへ)れおくつきどころ

・秋空の高く澄み透(とほ)りたるを仰ぎ居れば何だかさびし芥川龍之介

・唯我獨尊(ゆゐがどくそん)といふにはあらね閑(しづ)かにも痩せ細りたる芥川龍之介

・侏儒(しゆじゆ)一人秋野の土とねむるれど化(け)しがたみ土にうもるるぞよし

・河童(かつぱ)といふ陰(いん)に親しき綽號(あだな)さへあはれなりけれ今年や七年(ななとせ)

・野の草の吹き倒さるる中にして哀れぞ君がデスマスク一つ

・走り行くバスより遙かまがなしく花山天文台のDOMEかがやく

・シエストフの悲劇の哲學を三度讀みて鬱勃(うつぼつ)たりや正宗白鳥


夏野球

・白い帽子が一列となりてかけて行く靑い草生(くさふ)に光るものあり

・遊撃手のバツクモーシヨンは砂をあげ砂をあげあはれぞ空を見つめたり


ムーヴイスノオト

・左手は波まるで流れに乗つたコロツプみたいな人生だと言ふ聲に昏(くら)い雨が降り

・考へはかすかに巴里へ歸ること寂れたかすれた海を見て居り

・しめりたる靴は光らず息かけて拭けども拭けども海の香かげり

・霧けむりこまかき巷(まち)のテラアスにひかりかなしきStainlessナイフ

 

 

 

 

モダニズム短歌 目次

 

 

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藤井千鶴子  (モダニズム短歌)

 

 

・楼下る靑繻子の靴支那の靴は星をふみにしつめたさあり

・紙に透く蛍の靑の匂ひ、つめたい指そへて、憔悴の日をまづしく濯(すす)いでゐる

・花束のような影を落して、春の舗道をゆく、姑娘(くうにやん)のあふれ出た馬車(まあちよ)。

・夏の地球の上を飛んでゐる飛行機の、翼(はね)がねばねばと光る。

・コップにうつるうす靑い遠景を、砂糖とともにまぜる。

・花をふみ潰(つぶ)した様に、赤い長襦袢が、部屋にいっぱいになり。

・私は抱かれるにちがいない 近づけば大きな影 夕日の赤さ

・貝の臓腑に 赤さたまる 剃刀(かみそり)より音たてぬ湾の日のいり

・旅のゆふぐれは おもむろにさびしい 岸に茂(お)うた蒲(がま)の穂(ほ)に 水墨(すいぼく)のにほひ

・山の端(は)にうろこ雲せせらぐ 月の異様(いやう)にはやい村をゆく

・冬ちかう、枯木に 盲(めし)ひの鳥(とり)ら 影さむくとまつてゐる

・月のみちを素足(すあし)でふんでゆく 〈柔かいあしおとね〉といふ。白芥子(しろげし)がてんてん咲いていつて

・黄いろい陽が照りあかる林に まつ脂(やに)のにほひつきとほる 鳥は透明體で啼かせろ

・鏡の面(めん)がしめやかにしぐれてゐる 削刃(そり)をあかりにあてて 磨(と)いでゐたら

・牡丹のつぼみけむりでて みやこのふんゐき濃いあまり むらさきの雨がふる

・明るいそらを うをらつつぬけにとほる 内湾(うちわん)はいま 月ののぼり方(がた)

・艦(かん)ぞこの蠣(かき)がはひでる明るい晩 波戸場(はとば)をみよ 月の陸(りく)あげしてゐる

・覺(さ)めた明りのつき夜で 落葉松(からまつ)のはやし冷(つ)めたし 硝子(がらす)のこはれが落ちる

・垣端(かきばた)の李(すもも)は ほのぼのしろう。熱たかくでた このゆふぐれの華やかないのち

・優しう手のひらにちつた。垣のゆふぐれの花は 靜脈あをく透(す)けてゐる

・ひかりになりつつ 散る花よ。さびしいから 素肌(すはだ)しろくまぶしくて

道家(だうけ)がかくれ戸を細めたら 竹林を黄いな音(おと)で 月がぬける

・竹林(ちくりん)はつめたい夕時雨(ゆふしぐれ) さんざと 銀貨をまぜてふる

・蹠(あしうら) ふりかへるやまべの明(あか)り 無垢(むく)の氣體(きたい)の月見草(ぐさ)は開いた

・それは フランス製の涙 靑空へぽつつりと紙鳶(たこ)がしみついてゐる

・けんび鏡で雌ずゐをみてゐる 管のなかへなかへかけ下りてゆくあし音ら

・明るみ 風をゆつてゐる背戸 鵞鳥
アルミの卵を生む

・邪宗(じやしう)の子が 石を投げてゐる葱畑(ねぎばた)は
錦繪(にしきゑ)の海のいろ

・ほのかに思ふふたりは ゆふぐれの置いたみちを はかないにほひでかへる

・鏡に幽(かす)かにうつつたゆふ星(づつ)の ちろめく水滴(すゐてき)、わが瞳(め)から散(ち)れゐる

・おのづと つき夜の海底(かいてい)は 谺(こだま)あり
一抹(いちまつ)の靑みを 貝肉におとす

・なみ反射(うつ)る星ぞらの冷え 近海にチカチカ燐寸する音(おと)

・藍(あい)のぺえぢめくれてしろい砂うへに 沖から風ふき潮の濃いいながれを相うつす

・秋日(あきび)のうみに間髪(かんぱつ)いれぬ靑 おとなしに結晶(けつしよう)の鹽をゆれる

・しろいしろい線(せん)をひけ 海(うみ)うへの秋日(あきび)のうつくしい密度(みつど)

・指(ゆび)の骨(ほね)しろいほど冷(ひ)える 公園の瓦斯燈の粉(こな)をちらす

・池が 桃色の水を うつとり湛へてゐます。もう春です。

・茫々としてゐる黄河に 亡靈のやうに入つてくる船。

・十二時で止つてゐる塔の時計が 雲の早き流れの中にありて、

・少女は 含(ふく)らんでくる胸を くすぐつたげに 萼のやうな寝巻に押しつゝむ。

・少女の乳房のやうに柔かく 雲が浴槽にうつつてくすぐつたし。

・靈(たましひ)の匂ひのする夕顔が ほの靑く 霧にゆれてゐる垣に沿ひて、

・大きな空をひとり手鏡(てかがみ)に うつしたまま 寒寒(さむざむ)と咳入(せきい)る

・景色から 拔け出さうと 蟬があつちこつちの木へ 走りうつる。

・紺の匂ひさせてゐる雨後の月の町で サイダーを飲む。

・洋館のかげに 智的な翳(かげ)りをしてゐる 葡萄棚。

・太陽が コクリとするたび、花畑の光が薄くなる。

・車の上のブリキの罐が 靑ざめた音をたてて ゆれて行く夏の夕方。

・ほうようより離たれれば 我身から蝶のごとく銀粉がおちる。

・地圖の破れ目にある町を通りかゝる。うす茶けた雨が降つてゐる。

・靑き瞳(め)のふたりして 一行(いちぎやう)のキスを 風のあひまになせし。

・風で動く葉のかたちは あつちこつちの家の鍵のやうである。

・窗ひろければ 靑空よりひらひらと魚のおよぎ入る支那の家。

・薄明のハルピン新京間、汽車の窗は 水のやうにゆれてる。

・雪のふつてる新しい匂ひ、ロシアの家から蓄音機の靑い音(ね)がする。

・車にのせてゆく氷が 靑白い炎となつてゐる夏のまひる

・溶けんとする角砂糖の光の淡さに似て 白いビルが朝霧に透けて、

・夕ぐれ、大通(おほどおり)ゆく支那人は 魚の様な淋しい影をしてゐる。

・夏、ゆれてゐる頁の 私の寫眞のやせやう。

・髪にさしてた花が 鏡にうつる靑空へ ながれていつた 

・霧ふかきなかを 靑きベールをした 海草のやうにロシアの妻よ。

・アメリカの妻よ ソフアから突出てる セロリの様な二本の足。

・光の溜りがポトリポトリ葉上から落ちるのを二人はうなじにうけて 

・夏おそく 花とともに くらき炎となりて 庭にあり。

・日はきらめく、葉かげ行く支那靴は 渓流の音がする。

・景色の屑が汽車みちのところどころに捨ててある國。

・ロシア人の影が 蠟燭のやうにドアにゆらいでゐる。

・夕日赤し。吹きあれる記憶の中(なか)を 走る。

・溶けてくる景色を 匙にうけてゐる鄭夫人の瞳(め)のおだやかに、

・景色はカメラの中へ しぼられ、濃いい液體の様にゆれて、

・鳥の聲も符線にはさまつてる様に 夕べはさみしき。

・硝子戸ごしの朝です、川の水が壜詰のやうな音をたててとほります。

・向日葵どもカタカナの齒車の音をたて 一齊にまわり出した。(生活) 

・夕垣に明るく咲いてゐる月見草の中には 湖がたたへられてある。

・撫肩をして咲いてゐるあやめ 古い雨が髣髴とふつてゐる。

・風のモチーヴで洋傘(こうもり)は吹きはらはれ 中世の町にうき身をやつす大連富士(だるにーふじ)。

・風の裔(すゑ)に かささぎの巢が裁縫箱みたいにひつくりかへつてる。

・飾窓の硝子には つめたい水路があつて うつる影はながされる。

・けつまづいた拍子にこらへてゐた溜息群が 一ぺんにあああああああと出た。

・女の不在に ひろげられてある日記は 白い肌着のごとく。

・花の癖をもつあの娘(こ)は そこら一杯 きものを脱ぎ 匂ひばかり殘してゐない

・靑島(ちんたう)への船のとほる海の一部分を 支那人がバケツに汲んで使つてゐる。

・貯水に 私を大人びさせてうつす、持つてゐるカンナの花が小さい衝突(しようとつ)をしてゐる。

・霧が まつ靑に降る。海の芽(め)のやうにロシア人の影法師よ。

・ぐらぐらと泥波をたて 火の様な川である。

・逆光で 火の粉のやうに咲いてる梅の花

・風の中に踏みこんで、抑(おさ)へてる襦袢の袂へ 花片が入る

・線がながされて 岸の のろい灣曲のなかへうすい光。

・靑白い噴水の折はしみたいなサイダーを 銀盆にのせてボーイがさゝげる。

・アヒル達 がやがやいひつつ 三等の團體切符を買つてゐる。

・光が 水のやうな衣裳をきてゐて、ひえひえとする硝子屋。 (秋) 

・ゆれる木は燃える恰好して 風を次へうつす。

・日は赤い。ふところに時計の音のしてゐる人と草原をゆく。

・雨にぬれた空便の 短かい文句。

・垣にさくけしの花壺に 眞赤い夕日が油をついでゐる。

・靑白いけむりはく日光が マツチすつていらない魂を燃やすのだ。 (死)

・この靜かなゆふぐれの 砂濱に いそぎ足のあとがついてゐる。

・光をはしよつて かくれる春の月。花の牢獄にわれは囚われてゐる。

・南は海が靑々と繁つてをり 月は窗を開けてゐる。

・向ふむいてるそなたの胸へ、打ちよせてゐる波である私。

・船は出て 振つたハンケチを懐にしまつた人の殘つてゐる はとばのさびしさ。

・薄ら雨だ。夕べは擾亂して咲いてゐる花。

・虹の支流を 金魚が袂のきものをきて およいでいつたのです。

・寒氣のきはまる中(なか)を 人は火の様な恰好してはしる。

・辭書の中の字よりこまかく波のたたまつてくる灣が 靴さきにありて

・家の横に しらぬ流がある。木にあつまる風をよくうつしてゐる。

・星の線が細(こまか)かつた。方がん紙のやうないへに、夫人のやうな瞳(め)をして。

・螢はあをい水藥をもつて 病むゆめの こなたかなたに 光(ひ)をともしてゐた。

・輕くこたへよ微風あかるく吹いて。くだものの中に(小さな空椅子がある)。

・酩酊した灯、葦の歌であつた、隊商の のんでゐるラムネの 罎は氷雨のごとく灯(とも)る。

・そして、ともに 聖歌をうたつて、梅の實をとほる汽車の明るさである。

・雲のアルコールで 水水水 手帖につける。にせものの鰯がみんなランプつけてゐる。

 

モダニズム短歌 目次

 

 

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小玉朝子『黄薔薇』Ⅲ  (モダニズム短歌)

 

 

・朝しろく鏡のなかにある花はヴイオラのやうに音をしのばせ

・ここに咲く三味線草のこぬか花はるかに春は充ちにけらしも

・いまをかぎりにふたゝび春の光となるこの朝あけの太陽のいろ

・はだか身でおぼれゆく今朝の靑さなりえにしだの枝も春の呼吸(いき)する 

・土のなかに目をさます虫の羽の音まつ白な虹になる春となり

・美しいわらひちらせて公園の春の草木を早咲きにする 

・熊もゐるゐのしゝもゐる公園の針ゑんじゆさへわすれ咲きして

・うす日にも立つ虹ありき芝生にもわが歩みにも立つ虹ありき 

・花鉢にしづかに朝の水そゝぎいち日のくらしきよらかにする

・山の手のヴイラの庭に春を咲く庚申ばらは火の薔薇(さうび)なり

・海に立つふらんす船の白マストしあはせな朝のすゞ風が吹く

・火の薔薇庚申ばらがひらくゆゑヴイラの窓にはづむ風あり

・春の海うすきらふ潮の靑なぎに白きマストは行きぬしづかに

・みなみ風幸ふかく吹くならむ外人墓地に花の香がする 

・たいくつな黄色の落葉ひゞかせて曇天の公孫樹さゆらぎもせず

・山の肌全きみどりにつゝまれぬ虫などもゐて樂しく居らむ

こゝろとほく草木に遊ぶたまゆらは對へるひとががらくたになる

・わが上を雲通り行く通り行く椅子にゐるわれは光の中なり

・えりもとにいちりんあかるい紅薔薇のかをり放たせてこもる室なり

・食べものゝ味はわかねば身ながらに白き薊の花となりゐる

・たまごむけばくらいみどりによごれたる黄味まるく出でぬうすぐもり空

・燐寸すりて火をうつす火の暈のなか壁のキリストふと笑ひたり

・いそがしく出でゆかむとす室内の隅の暮れいろ靑ずめりけり

・刺枯れて黄薔薇はひかりひらきそめ灯の明暗に美しく居り

・おもかげのふと立ちくるにおどろけり窓ひらく外(と)は風の音ばかり

・バビロンの子にあらねどもこの額(ぬか)に烙印されて家を出て來る

・石がけに苔のはな咲くひとりゐて身はいつしんに日に照らさるゝ

・晝の月すべりて消えぬ野のはてはいまほそぼそと虫のこゑなり

・どこへ行く路かは知らずきよらかに木犀の香のぶつかつて來る

・夜の町しろくぬけたる裏通り吸ひがらの火のまだ消えずあり

・せまき空によりてかゞやくすばる星遠き目に見て襟かきあはす

・行くさきのない町裏にさむくゐてカシオペイアの星を拾ひき 

・屋根の上また屋根の上大空はいびつのまゝに夜ふかく居り

・くるまの燈(ひ)坂の舗石を照らし出しどこへ行く道かひろびろとあり

・なつかしく人類心の甦(かへ)り來る夜ゆゑにあかき灯をともしけり

・灯をともしけふいち日のいとなみの小暗いかげを追ひ出してやる

・蔓ばらの垣根もありて崖上の洋館の庭あたゝかく晴れ

・切札は最後のときまでしまつとき町のテエブルに微笑してゐる

・うすぐらい露天の店に賣られゐるアンゴラ兎紅い目をせり

・一匹の蠅ひそやかに這ひまはり窓のひなたを冬にしてゐる

・み冬づく樹立の冴えにこゝろ嚴し居ずまひかたくひとり居りけり

・冬なれば室のうちらに何ものゝ色彩もつひにゆるさずにゐる

・くびすぢにふれてつめたき髪の毛の梅雨入り頃となりて來にけり

・草花のにほひこもりて灯がつきぬ百千年もねてゐたこゝろ

サクラメントの公園の繪のあかき花まくらべに來てあたゝかく散る 

・果物の露のしとゞを吸ひあまし黄の蝶となりて朝はゐるなり

・うしろかげほそく歩みてひと去りぬ長き廊下になかば射す光(かげ) 

・神々に白きひたひはさゝげたり默(もだ)もきよらに手はとりあひて 

・體温のあがりさがりの線のうへ秋は蜻蛉が來てとまりゐる

・夕光(かげ)のいさゝか靑き庭くまにおほわた小わたとび出でにけり 

・床の間のさびしき壺にきのふから錆朱(さびしゆ)の薔薇が活けられてあり

・欠けし齒のさやりて痛む夕ぐれの海のひゞきはとほくより來る 

 

 


小玉朝子『黄薔薇』Ⅰ 
小玉朝子『黄薔薇』Ⅱ

 

モダニズム短歌 目次

 

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田中火紗子『土塊』Ⅱ  (モダニズム短歌)

 

 

・鳥が驅(かけ)つたあとから 秋の づぬけてしろい雨がおちた

・さびる陽にくまどれ まして 生きものの赤い顔のいろ

・一枚の陽の面へ 赤まんまが はびこつてゐる感性

・あかるい月は、矛盾だらけの世界にのぼるのが至當である。

・炭素のもえてるやうなその光を、象徴と感じたならば、それはあられもない──月の苦惱である

・ニイチエを狂死せしめ、あらゆる純粹なものの具現をこばんだがために、──しばらくの月の苦惱がある。

・雨だ 雜草へ のびあがつてる知覺をまつしぐらに

・むしろ月とならず 肉感のさきの草が飛ぶ

・都會の質量に堪へて 白く 毒だめの花を咲かし

・くれぞらへ凱歌のぼれ 永久にあをい靑麥の性だ

・ふたたび來て孤立す 午後のあらしが麥をたほし

・五月 はやしにさいた黄の花 人間が受胎をおそれ

・紅桃だ いつぱいの この現實を笑つてゐる

・影がながくなり 騎馬の兵士がこの街へきた

・麥のあをい明りだ そらへ つぎつぎ空砲をうつ兵士

・ぢれつたい母が 季節の 汁のおもさを知らないで染めた

・みんな阿呆だ 植物に似て あをの正確なそらへ

・菜つぱ濃し 秋は、秋の鋭性がひろがつてしまつた

以下『出船』より

・どの窓もかならずみえる雪の山、にごれにごれと山の雪げだ

はまなすの花のさかりに、らんぷ消してゐる波の燈臺

・船は一枚の帆ではしり、砂から あかい花のつるくさが咲く

・海鳥の飛ぶところには必ず魚がゐる さむい二月の波がしら

・とけみずは空をうつし、おもひ絶やすといふことなし

・雪をふくみ 弧線さやかなる二月、枝枝に鳥なき交わす

・或夜そとへ出てみたら 草ぼうぼうの 半かけの月だつた

・月がそらを流れてゐるまに、こよい 油つけて髪をたばね

・草ことごとく枯れつづく野路、いつぽんのあさ風がふき

まひる月、茎までもあかい 赤まんまのさく原つぱ

・ささやかに降る霧のなかに、灯ひとつちかよせて 眉のかなしさ

・思慕ゆゑに、きらきら灯をともす 谷も谷も霧のしづくだ

・月にともるあをい情念を知らないで、ひとひとりのまこと

・あまりに大きな月が、街にともすよりも早く黄いろないろ

・海が濃くなれば、黒髪をあたためるほども らんぷもやす

・もえる合歡木(ねむ)、粗いうたのままでくちびる嚙んでゐるま晝

 

 

田中火紗子 Ⅰ

 

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廣江ミチ子 Ⅱ  (モダニズム短歌)

 

・暗いカイエ なめらかに海をわたり 帆船はかたりと 落下した

・逆説のものがたりを寫本して夕ぐれとなるたゝまれて行く皿にともすれば明滅した

・侵蝕して人々はとほつてゐた 地圖に「あれは弗化水素といふものです

高山植物はめがねをかけた 明るいきりのはれま そこから展開した海であつた

・花類に 折れまがつた羊齒がつめたいはかりを吊るしてゐる

・圓錘のさびしい果てに手をふつて影の粉をあゆむ

・手風琴よ こまかな耳のふるへる理髪屋の どこを走つてゐるのかしら

・河岸に二厘のはりがねを落とし 貝がらに一ぱいのペガサスを書けば

・そのうちにとほのいてゆく虛白のひろがりに少女ははつとして耳をすます 〈メソオド〉

・少年は少女をとらへる 部屋はしづかにあるきませう タイトル

・郵便切手がふるへて そして はなれた と コツプの破れる音

・らせんの本をひらく R(アール)と云つてごらんといつて吊ランプをかたむける

・こよひは恢復期にむかふので スイスのやうに漉したてのまつげをふれあはす

・ひのくれのまどをあける あみの目のルーペをよこぎつてゆく足どりは石油のにほひがする

・そのようにポーズして發光する貝肉の さびしいかげりを本にしてゐた

・はなやかに手をにぎれば かたへに秋の日の芯があり 茶色はむかしのゆめをいたましめる

・脊にしみる文字はいたくてKと書く 交番のまがり角に贋のオペラを仕かけする

・ひびいつた街路の ほそいがらすのかけらをひろつては あたらうともしないことばをなげ合ふ

・はてしなく圓周のさびしい日は 近日うちにとしるして 君は情熱の觸手をかたよせる

・夜つぴて 倹約なシヤボンはソオダで一杯だ 廣告について搖すりながら可憐に挨拶した

・感觸はやはらかく臨時列車をいそがせる 思惟のかたちに本を抱へてはなやかに階を下りる

・城などを編みこむと やさしいしぐさで おしづかにおしづかに薔薇夫人が浴みする

・多數の車がくもでに走りながら ふるへる磁しやくをゑがいて海にしみとほる

・モノクロオム・チント
ひよわな肋骨にしのばせた鳩かごに海のふくれる銀板があつた

・姉たちのひかげの弱さ
手をひろげれば空しい微塵のいつぱいみちた濕原のつらなりにそれらのすぎてゆく私をみた

・點々としたたりをつけて 花の下によける人よ ある時それも 白い機械であつたりした

・製圖師の 羅列はくづれ伏す 然しヰオリンの音などは最後のものとしてのこされた

・生理的にも 君は夜のにほひとなる 彷彿と眼をあけてかぶりをふらないのだ

・花の譜はくびをほそめ 灣の入りがたに何故か一ぴきの蛾となつて流れて來た

・透明を缺くためにはつきりと探り得た抑止といふ高度

・十二歳 窓をゆすつてミモザを嗅いだ もはやそのために目の前に小さな灰が降る

・部落にはわたしが住んだ 會ひ 別れ わたしはひとりすんで方角をしらなかつた

・降りやんだ雪 だけどいやだ 私は雨の音をつたつて結晶のやうに見えた

・日まし雜閙を追うて石灰をぬすまう 海にはミシンが浮んだ

・その時まで 私は犬を呼ぶ おとなへばひとりかがんでことばをさがしては暗くなつた

・彼らは海をみた いく條もベルがとほく成り彼らは負傷してなほつてゐなかつた

・風が強い そのやうな日であれば ゆつくりと坂をこして彼らは㡌を振る

・おなじき日まぶたをとざし、層一層てのひらを縫うたのは乗馬のかげであるというてもみた

・海よ 丁ねいに胸をひらいて待つた 町なみの町なみのあたりは白い顔して眼が疲れてゐた

・ふと予覚まなざしを軋ませた 冬の消燈の環のやうな遠さだつた

・でもあの静かな花のある町 月のくまの寒いのかしら ボデイ 屋根裏のレエスとしても

・霧が動いた 馬車は燃え 駅の売店の少ししやがんだ声をつかむのだ

・とはいへ彼は斜面をゆく 日毎に臥床する足弱の蝶よ セリーズ 流れる谷間にも見た

・息をして下さい 微風がよろぼひ出る わが足音のとほく吹きこむ咳のなかに

・百合かなしむおももちのしてブランコはとまり若い雲だけが海岸をとほる

・二つの金網にかくれてゆくまひるの所業といふこと かなはねば我が偏差に激しい水沫のにほひ

・青年は地図の痕跡を見つけてゐた 捕捉しがたいもののやうにベルが踏まれてあつた

・さあれ又本を取り上げる 云ひふるされた海岸のベツドに比して皺の多い手よ

・心の中の騒々しき日にかへる シニカルなものの音のみ海のバルコンの蔓はゆれ

 

廣江ミチ子 Ⅰ


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上田穆 Ⅱ  (モダニズム短歌)

 


・無理な無電を受信する 怠慢な原住民よ 地球のあちらが拜火教

・身邊(しんぺん)の妖氣(えうき) 輒(すなは)ちスヰートピイ發信の轟々(ぐわうぐわう)たる放電の川 つまり寒帯の沙漠も寛闊(くわんくわつ)さ

・勞作嫌(らうさぎら)ひな精神のHook a gyps 満月の古文書村(こぶんしよむら)を聽問(ちやうもん)し ああ松風やアイスクリーム

エレクトロンお呉んなさい 勲章の銀ピカで この領域に時刻かぞへるはかり賣り

・ペンを垣根に ケンのある瞳(め)で楚々(そそ)と來る 甲冑(かつちゆう)や機關銃 カタログ凾に翻案たのむ

・縞目あざやかな朝を眺め、タイピストの僞裝の据ゑ置かれた音符で過ぎた

・依怙地(えこぢ)な變種で浮揚する確信よ、ダービーの山高帽ほど放送員を駐在させた

・世紀をふるく翔(と)んでゐる氣象らの體臭的なやはり傍觀へ折れまがつてゆく

・均衡のはるかに見えるひもじさやはぢらひや以下は塗りつぶされぬ

・草なびくアポロンを知り、堪へがたき四つん這ひのさまを見忘れてすぎぬ

・飛ばないパンセを使嗾する 戰術のタンブラア。このときあのとき白い葉裏ひるがへる

・池のほとりのニンフらの兩手にあまる時間を見、姿を自分にかくしてしまふ

・遠いギリシヤから、その思想は流行(はや)つてきたといひ、薔薇の棘を胸に挿してある

・羽搏く翳がひろまつてゆき、くつきりと忘却を重ね、今朝の鳥を今朝は見送る

・一點 凹んだところ、感覺の鮮かでない輕氣球 今日の今日

・硝子および美しくない思考、生理的な競馬場へ、なんと靜肅だ

・社會のくづをれた地圖や歴史やへパピルスのpapa,pipi かんざしの赤がよい

・幾何圖形を劃(くぎ)つて雪に昏(く)れ、晴れて湖のやうな見開いた兩眼を通過しただけの確かさよ

・結構なお化粧だ、長い手袋だ、レディ! どうかシガーを召上れ

・貿易ノかあぶハ熱帯圏。莞爾ト鳥毛ダチ、空路標識ノヤウナ市場

・すとつく品ヲ軌道ニ載セ 鏡ニハ日暦ガ映ル。寒イト發音スル

・落葉ヲ焚クト古人ハ謂ヒ、遂ニ機械。痛苦ニ凍テ、吹雪ニ捲カレ

・斷ジテ決然ト、終夜作業ハ人間ヲ蝕ミ、一刀兩斷ニ星ガ降ル

 

 

 

上田穆 Ⅰ

 

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