無限の弓  山田一彦  (稲垣足穂の周辺)

 

無限の弓

           山田一

 

火の如き蜘蛛の絲絲への演繹され得る慾望への指環 その肉感を露出せるひとつの蓮を拒否するための龍宮の旗旗への肖像の搖れる 斷然たる夢 それらの花の如き生殖器は大空への否定のための傳統を切斷せし犧牲である 永遠の自殺を可能ならしむる腦膸を南に向けし龍の生へる菩提樹あるひは蓮の萼に座わることの可能である孔雀の臍 隨圓空間の膝に垂直なる大藏鄕に於ける地獄の頸と稚兒それらに羽衣であるひとつの菊をかけることは傲慢の不能を許す宮廷の煌煌しき光には等しく無い 永遠の龍へ向けられた王様の無限なるひとつの夢に依つて神神は無限の階調の蠟燭を碾き簾の有る童女のために宮殿のあまりにも麗しい龍たちを殺害する阡の艶麗なる巴であるその微塵ある舞踊を持つ匣 ひとつの神のための山山はアレキサンドリアの寳石を捲く約束に過ぎない それは氷河に煌く森林が接待の鵞ペンをしか漉し得なかつた時間である それらを私の願望への花を以つて切る 私の思想の如き空の多數の約束たちは蛇の毛に對してのみ可能で有り得る裳裾である 私の生存への思索は灰の角(カド)を拭ふ夢で無ければなら無い けれども接觸へのみしか轉ばない波紋は貪欲なる謎たちの結晶ではある 不毛の花の尾に對立した夢たちは墮落をはかる考察を濾過することの無い空間を持つ魚魚へのみ許される鳥鳥への拒絕を住む氷河の森林である 孤獨のためにのみ開かれる窓窓から未知であるひとつの魚を眺めることの許され無い魯鈍あるひは神神へ獻ぜられる最後の花環は貪欲の氷山をそれらの腕環へ與へることを許し 地獄の鬼鬼の柱はひとつの惡魔のために魚の絨氈を破ることの可能を承認した

 

 

 

 

 

山田一彦 惡魔の影
山田一彦 海たち
山田一彦 寛大の喜劇
山田一彦 CINEMATOGRAPHE BLEU
山田一彦 二重の白痴 ou Double Buste
山田一彦 花占ひ
山田一彦 Poesie d'OBJET d'OBJET
山田一彦 PHONO DE CIRQUE
山田一彦 桃色の湖の紙幣
山田一彦 Mon cinematographe bleu

 

稲垣足穂の周辺 目次

 

鷹  丸山清  (稲垣足穂の周辺)

「四季」派の詩人丸山薫の弟で、稲垣足穂から"宝石細工のような小品"を書く幻想作家とされた丸山清の代表作。ご高覧ください。

 

 

翼をひろげればコンドルよりも大きくなるが窄めれば雀よりも小さくなる不思議な鷹が献上されて、天守閣のいちばん高い軒に美しい朱塗の鳥籠が吊るされました。片脚の失はれた怪しい猫背の男が身にあまる恩賞に浴して曙城を去るときに、次のやうに言ひ殘しました。
 「人間を嫌ふ氣むづかしい性格で御座ります。どんな餌食をもいつさい口に致さぬ代りには、絶えまなく昏々として深いねむりをむさぼつてゐるので御座ります。」
 それゆへに、家臣等はいふに及ばず、古くから仕へてゐる鷹匠達も、濫りに天守閣の頂上へ登るのを堅く禁じられました。
 亂淫のために若くして腰の不自由な御城主様は、今日も多勢の侍女等に左右から身を支へられながら、お庭の泉水のほとりを散策してゐました。虹のやうに灣曲して架けられた太鼓橋を渡る途中、ふと、杳かな頭上に棲む珍しい鷹を思ひ出したので、
「南蠻わたりの遠目鏡を持て。」
 かぼそい聲で荒々しく御側用人に命じました。
 見れば今、深いねむりから醒めて天へ舞ひ立たうとする鷹は、童子のかわいゝ掌に包まれようほどにちんまりとした小雀に過ぎません。精巧に壘まれた兩の翼は二本の脚が鳥籠の入口を離れると共に、恰も扇をひらくさまに次第に大きく末廣にくりひろげられて、小雀が忽ち百舌となり、……鴉となり、……鷹となり、荒鷲に變じてしまひます。
「やがて傳説のなかの大鵬となり、一面の蒼穹が三千里の翼に被はれて、爲に天地が晦冥となるであらう。」
 不吉な豫感を人々の胸に呼びおこさせ乍ら最後に實在のコンドルぐらゐの大いさに達する頃には、もう城廓の眞上を一巡して更にいつさう幅員のひろい第二の輪を城下の空にゑがきはじめてゐました。半身不随の御城主様が侍女等をせきたてゝ庭内の一隅の小高い築山のいたゞきへよろめきながら登つてゆく背後には、手槍のやうに細長い望遠鏡を肩に擔いだ老骨が、これもあたふたとして馳せあがつてゆきました。

 

「なあに、ゼンマイを仕込んだ細工物さ。」
 堀割の岸の柳の木蔭で、松葉杖を小脇に抱へ込んだ男が嚙んで吐き出すやうに呟きました。三日月型にふくらんだ猫背を一本脚で支へて佇む姿は、宛然、池中の殘瀬で鶴が片脚をあげて立ち乍らに居眠る形に髣髴してゐました。
「だが、怖ろしいことだ。生命を持たぬ物が持つらしく生活してゐる。」
 幽暗な面ざしで眺めやる空の一角では、コンドルが荒鷲となり、……鷹となり、……鴉となり、百舌となり、天守閣の屋根を中心とする大圓が次第に半經をせばめるにつれて、いつぱいに張られた翼が譬へば花が蕾に立ちかへるやうに少しづゝ閉ぢられてゆきました。とうとう小雀へまで縮んで鳥籠のなかへ消え去つたときに、城門の奥では御城主様を取り巻いて割れるやうな拍手喝采が湧きあがりました。
「眞相を知らぬ世間の連中の氣樂が羨ましい。作つた俺自身にとつては、ゼンマイと木材で仕組まれた鷹は、所詮、生活のないカラクリに過ぎないのだ。」
 香具師は殘念らしく舌打ちを洩らして、折から迫る夕闇に紛れて城下を立ち去つてしまひました。

 せめて一匹の蟋蟀が生き殘つてゐたなら……、そして、荒れ果てた城門の附近に散らばる灰いろ頭蓋骨のなかで、山吹いろの月に寄せる凉しいひとふしを奏でゝくれたなら……、赤い死の假面に似た惡性の疫病が蔓延して全世界に棲息するすべての生物を屠つて以来、曙城の城内からも氣むづかしい御家老様の咳払ひ一つ洩れ聞こえませんでした。あらゆる種類の殘骸を滿載した地球が、太陽に護られて空しく宇宙の縹渺を航行してゐるに過ぎません。しかも、或る晩、寂として人影のない天守閣の高い窓のほとりからハタハタとゆるやかな羽音をひゞかせて何ものかゞ舞ひあがつたときに、地球はかすかに全身を搖り動かして次のやうに獨語した様子でありました。
「はて、面妖な、今なほ拙者の背の上に何ものかゞ生命を保つてゐるらしい。」

 

 

『文藝都市』創刊号昭和3年(1928)2月

参考文献
・"宝石細工のような小品"の幻想作家--丸山薫の弟・丸山清をめぐって
安智史
愛知大学国文学 」(50)2010年12月
・「荒唐無稽派」の奇想作家--丸山薫の弟・丸山清をめぐって(2)
安智史
愛知大学文学論叢」143,2011年3月
・コント・ファンタスティックの短篇作家 : 丸山薫の弟・丸山清をめぐって(3)
安智史
愛知大学国文学 」(51), 2011年12月

 

 

丸山清 秋と病める少年
丸山清 ノツク・バツト型「のぞき器械」
丸山清 不幸な鴉の話 1

 

 

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Pensee et Revolution des Danseurs en Ciel 山中散生 (稲垣足穂の周辺)

 

Pensee et Revolution des Danseurs en Ciel   

              山中散生

 

薔薇色のパラシユート 貴女のオペラハツトである
晴天のこの飛行機に搭乗した予は薔薇色のパラシユートに滅形するであらう
貴女の奇蹟的に流行型となつた一個の卵子

時にはパラシユートはパラシユートの如く晴天の雲間を喪失するであらう
飛行士である予は大砲を抱へて悠然とパラシユートを開披する

薔薇色のパラシユート 貴女のオペラハツトである
飛行機を飲んだ貴女の一個のオペレツトは歌ふ

 

『シネ』第3号 昭和4年5月号

 

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裂かれた森を貝殻の腦髄が梳いた 上田敏雄 (稲垣足穂の周辺)

 

裂かれた森を貝殻の腦髄が梳いた


             上田敏

 

貝殻の側に星が岸へへばりついた

暫くたつた後で貝殻の生身が乳房のついた舌をのぞかせた

 腦髄の割れた處に梳かれた頭髪がぎざぎざな岸をづり動かした後でなめらかな星をいただいてゐた

 

 


『FANTASIA』第1輯 昭和4年6月号

 

 

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眠り男A氏の發狂行列  高木春夫  (稲垣足穂の周辺) モダニズム

 

眠り男A氏の發狂行列

 

           高木春夫

 ストウブの影にて、石炭のおこつた顔が踊りだし、飛行器の丸窓からは、さかんに砂が落ちてきて、毛むくぢやらのステツキがおもちやの人形に接吻したり、ビルデイングのお姫さまを梯子形のローソクに照らして、のこぎりで誘惑したり、のちの寂しさには、えつさえつさと裸體を昇天させたり、あげくのはてには鏡をきざんで喰べてしまつたり。
 ブラボーブラボーと黄いろいコシマキをうち振りながら、きふ世軍のカナヅチぐらいはポケツトに捻ぢ込み、三角砂糖でもむちやむちやしやぶりながら、インデイアンの覆面(ヴヱイル)布の上までもしやぼん玉を捜しあぐねて、野原のまんなかでは狂人病院の白い旗を眺めてくらしたり、都會風景奇病のうちにも、アパアトメントやガレヱヂやハンテイングや築地小劇場やもみぢ狩りや虎狩りや東郷秀吉なぞは、六角多面の死人行列みたいに並べたてゝ、ビフテキ的手品師天勝氏のたねなぞは楕圓形のてんじよふにでも飛散させておけば、すむであらうし、お孃さんの、優しい肢體は、アスフアルトの上にたゝきつけておいて
めだまなんか要るまいとキレイに掃除をして、指の先には眞空管を篏め込み
ラジオならアポロトロンにかぎりますよと白狀したり、しやばつ氣を出してもみたり、ついでにゼンマイ仕掛けの靑色の舌もだして、ベロリベロリと電車も停留所も酒の肴にしてしまつて、好色精神はウヰスキイに混ぜこみ

「ちよつと失敬するよう」というが早いか、カウベもオオサカもキヤウトも市民会館前諸とも、うす桃色の敷物(カアぺツト)みたいに、くるくるくると巻きこむでしまつて。ギンザは
すいとり紙で吸いとることにして、おこのみであれば致しかたもないとあつて
トウキヤウの猶太人街とヨコハマの支那人街とは、最高速度詩型を構成して、三千億萬ボルトぐらいの車輪をつけて
ギリギルギルギリルギリギグギグリギリギリギリルと
葉巻もM・C・CもゴールデンバツトもW・Cもいともゆるやかに喫しながら 
サンフランシスコの朝寢坊をたゝき起して、
ぎん紙ざいくの宮殿なら、金十七錢に負けておいてもいゝよと
紐育や倫敦や伯林やモスクバの
高空はるけく消えいるばかり飛びにけりとなむ。    

 

 

高木春夫 虛無主義者の猫・・・
高木春夫 幻想W
高木春夫 ダダの空音
高木春夫 水の無い景色

 

 

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LOGIQUE DU OBJET 上田敏雄  (稲垣足穂の周辺) モダニズム     

 

        A NISHIWAKI JUNZABURO

LOGIQUE DU OBJET

髭の生へた麥酒瓶 髭の生へた麥酒瓶 髭の生へた麥酒瓶
臺に頤を載せる女が彼女の髯の生へた踵を顧みる
髭の生へた頭腦 髭の生へた頭腦 髭の生へた頭腦

衡り得る要求と服従は既に科學的で無感興である
             

 

           A ASAKA KENKICHI

LOGIQUE DU OBJET 

明快な猫 彼女は循環する猫である

私は明快な猫と彼女の循環を識る人間である

私は明快な猫と彼女の循環を識る人間である

私は明快な猫と彼女の循環を識る人間である
明快な猫 彼女は循環する猫である
            


           A UEDA TAMOTSU

LOGIQUE DU OBJET

あまり暑いので女神はかの女の着物をといた

かの女は暑い波にかの女の腿をつけた
oh POISSON FAUX
POISSON FAUX 彼の僞造の唇
の上に日傘が廻る
BRISEZ OMBRELLE
SAULE LONGUEUR LONGUEUR LONGUEUR LONGUEUR LONGUEUR
SAULE LONGUEUR LONGUEUR LONGUEUR LONGUEUR LONGUEUR

私は浴槽で孔雀に戯れる
PAONNE FAUSSE JE SUIS PRINCE PERPETUELLEMENT PERPETUELLEMENT PERPETUELLEMENT

 

 

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香炉の煙  稲垣足穂  (稲垣足穂の周辺) モダニズム

香炉の煙  

         稲垣足穂

 

 李白と七星


 或る晩、李白が北斗七星をかぞへると、一つ足りなかつた。それが自分の筆入のなかに入つてゐるやうな氣がしたので、その竹筒を何回もふつてみたが、星は出なかつた。どうもをかしいと思つて、もう一度かぞへてみると、こんどは七つにきつちり合つてゐた。それで、李白は、それたぶん、雁が自分と星の間をさえ切つたせいだらうと人に語つた。

 

 

東坡と春

 

 東坡が春の野を歩いてゐると、むかふに紅い花らしいものがあつた。何だらうとよく見るとそれは花であつた。しばらく行くと、こんどは靑い柳のやうなものが風にゆれてゐた。いぶかしみながら近づくと柳であつた。で、東坡は声をあげてうたつた。
「柳は綠、花は紅……」
 すると、霞がそれを聞いてハハハと笑つた。

 

 

 

黄帝と珠


 黄帝は一日赤水の北に遊び、崑崙の山に登つて南望して下りた。
 この時、黄帝は首にかけた大切な珠を落してしまつた。宮殿に歸つた黄帝は、部下の無象をよび出してその行方を探す事を命じた。無象はおほせかしこまつて、崑崙山におもむき、険しい谷間にころがつてゐた珠を見つけて、喜び勇んではせもどつた。
 大臣や將軍が星のやうに居流れたまへを、得意滿面にのぼつた無象は、珠を入れた箱をかゝへて黄帝のまへに進んで、その蓋をあけた。珠のかはりに大きな鳥がとび出して、羽音高く欄間くゞつて出て行つた。
 無象とその他の家來があつけに取られた時、黄帝は快よげにカラカラと笑つた。なぜなら、黄帝は人も知る哲学者だつたからである。

 

 

盗跖と月

 

盗跖が或る時月を盗みとらうといふ考へを起した。そして夜になつた時、三千の部下をつれて崑崙山の方へ出かけて行つた。
 ところが、明方になつて、彼は大へん打ち沈んで歸つて來た。そのわけは、流石の盗跖もこの寶物を盗むためには、暗い夜を選ぶ必要があつた。しかしその闇のために、肝心の月が見つからなかつたと云ふのである。あの孔子を走らし諸侯をふるはした盗跖の只一つの失敗とは即ちこれである。

 

 

老子と花瓣


 夜中に眼をさました老子は、ふと夕ぐれに城趾をとほつた時、金色の花瓣が落ちてゐたのを思ひ出した。
 老子は起きて城趾へ出かけた。しかしそこには何もなく、只、見たばかりの黄いろい月にてらされた欄干の影が長くのびてゐるだけであつた。たしかこのへんにあつたのだが……と老子は、もう一ぺんガランとした石甃の上をさがしてみた。が、やはり見つからない。老子はなぜあの時ひろはなかつたのだらうと思つた。しかしその時自分が何か考へ事をしてゐたことに氣がついたので、それは一たいどんな事だつたらうと頭をひねつてみたが、どうしてもわからなかつた。おしまひに老子は、金色の花瓣が落ちてゐたのさへどうだかわからなくなつて、石段を下りて來た。

 

 

莊子が壺を見失つた話


莊子が路ばたにころがつてゐる青い壺を見た。それがどこかで見おぼえがあるので立ち止つた。ハテ、これは昔夢のなかで見たのか、それとも、ほんとうの店先にあつたのだらうか……しきりに思ひ出さうとしてゐた時、壺のなかから白い蝶が一つヒラヒラと飛び出して行つた。しばらく立つて莊子がそれに氣付いた時、蝶は勿論、壺もどこへ行つたのか見えなかつた。

 

 

 

稲垣足穂の詩『香炉の煙』より中国風のものを選んでみました。

 

 

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