風車の庭 戸田房子 (詩ランダム)

 

風車の庭

                                             戸田房子

いつかの日のやうにあなたはそこにたつてゐる。古風な草花をかんむりのやうにからませて。その胸は虹、瞳(ひとみ)はぬれた童話の匂ひがする。なにかそれはせつないほどの。遠(とほ)くとほく雲のはてをひかつた雪片を追つてゐる

わたしは喪失した沓をはいてそつとよりそふ、その乳兒の肌。黃昏色の輕羅をすかせば。あなたはかぼそくわらふ、深海の魚(うを)あなたはかぼそくわらふ、層楼の埃(ほこり)。わたしはなほもよりそふ

これは睡眠(すいみん)の扉(とびら)だらうか。瞬間うしろの騷音がわたしのこころをかきみだす。わたしはひしとあなたの手をにぎる。なんと、その手はわたしの掌のなかで花粉のやうに崩れる。わたしはふるへる鄕愁であなたをかき抱くあなたは一片の無臭の塊となる

それが約束でもあるかのやうに假死した蝶が笑ふとこはれた風車がことことまはりはじめたその乾いたこゑ。蒼ざめて目をあげると、凍つた時間のなかをたくみに逸走する白い鳩。白い鳩よ。それにしても。ゆふぐれの徑にむらさきの花はあまく、飾石にもたれると、夢辺の合唱がなほもきこえてくるのであるが。


「台灣日日新報」1937年8月2 8日
『日曜日式散歩者』(行人文化実験室 2016年9月)より

 

 

 

戸田房子    遠い国  

戸田房子    渡海   

 

 

水蔭萍 雄雞と魚 台湾 風車詩社
利野蒼 或ル朝 台湾 風車詩社
林修二 喫茶店にて 台湾 風車詩社
丘英二 星のない夜  台湾 風車詩社

 

 


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渡海 戸田房子 (詩ランダム)

 

渡海

                                      戸田房子

わたしは一つの約束をした
それがすむと    そつと甲板へ出ていつた
海は杳(くら)く   そのなかに   どんな嗟(なげ)きがあるかさへ
みわけがつかないほどだつた

おとがする    何かのおとがする
海の底(そこ)から   海の底(そこ)から
あれは魚の歌だらうか
人たちは何処にゐるのだらう
遠くで眠(ねむ)つてゐるのだらうか
わたしはここにゐるのだらうか
死はやせてわたしのすぐそばにゐた
わたしと睦(むつ)まじげになにかかたらひながら

その夜    海は果てもなくひろがつてゐて限りない不安は親しくさへあつた
こごえた風が宙へのぼり    ながい時間がすぎると
星達はたがひになにか叫(さけ)びながら降りはじめた

 

 

 


「台灣日日新報」1938年6月8日
『日曜日式散歩者』(行人文化実験室 2016年9月)より

 

 


戸田房子 遠い国

戸田房子 風車の庭

 

 

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遠い国 戸田房子 (詩ランダム)

 

 

遠い國

                                 戸田房子

動物は一匹であるいてゐた
はいいろの草原のむかうには
鉛色の海が重たくひろがつてゐて
わたしはその色彩のない風景が
かなしくてしかたがなかつた
粉土(こなつち)の道の上を 動物ははしつてゐた
動物は駱駝(らくだ)ににてゐた
腹がたぷたぷゆれて
化石した夢(ゆめ)のなかを
それがわかつてゐるとも思へないのに
やつぱり海の方へはしつてゆくのであつた

 

 

 

 

「台灣日日新報」昭和12年(1937年)12月26日
『日曜日式散歩者』(行人文化実験室 2016年9月)より

 

 

 

戸田房子 渡海

戸田房子 風車の庭

 

 


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星のない夜 丘英二(張良典) (詩ランダム)

 

星のない夜

                                                  丘英二

こだまする騷亂の蜂起する日沒になると中毒した陽熱を吐く石に股がつて私は空に網を投げ上げる。漸くたぐり寄せた憶出を刻みつける寶石を探して歩き疲れる
黄昏を焦した街燈は更に私を幻想の掌から掌に渡す。思ひきり逃避に息をきらせて安心する間もなく身體を見失ふ靄 のなかでない寶石を悲しむ。灯のない部屋では失望の寂しさが荒く喘ぐ

 

 

 

 


「臺灣文藝」第2巻第6号(昭和10年(1935年)6月)
『日曜日式散歩者』(行人文化実験室 2016年9月)より

 

 

水蔭萍 雄雞と魚 台湾 風車詩社
利野蒼 或ル朝 台湾 風車詩社
林修二 喫茶店にて 台湾 風車詩社
戸田房子 遠い国 台湾 風車詩社

 

 

 

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月光と散歩 林修二(林永修) (詩ランダム)

 

月光と散歩

                                       林修

 

散歩

雨、 晩秋時雨……

無定形螺旋状の小路を登りて、独りで晩秋の味をなめて見る。

凋落と挽歌、魂と肉体、結合と離散と……
音、色彩、感触。紅葉の時雨は詩の響。

 

何もない部屋とマリヤの像と鏡。
何らなすことのない夕暮
細々しい思念に灯をつけて霧の夜の虹を見る。

 

小さな思い

夜光蟲が光る─
海の響を楽しむにはコクトオの耳をかりるのか
それとも貝殻らになることか……

 

思い出

死の恋
            恋の死
弱い感情のルツボを覆した夜の思ひ出。

 

十二月

感傷と夜。夜に聞く秋のトレモロ
それは旣に葬られた言葉でなくてはならない。
秋に死んでしまった恋のムクロを静に愛撫する。

 

月光

真夏の深海の底のリズミカルな搖蕩。
月は疲れて歩き出す。僕はこのアルバムを不変色に保存したい。

 

意欲

時として果実になりたいことがある。
新鮮なる香気と少女の如き無垢なる性の羞恥は魂の疲れを甘やかになでまはす。

新鮮な果実への意欲。
私の五管の血圧は常に桃の花でありたい。

 

夢と春の譜

外の吹雪は止んで水銀は0度だ。遙かなる海島を渡って来る南國の抒情。白い堆積の中から木立に咲いた花粉の匂いをかゞんとして王子の如き盛装して春を探す。

 

 

 

『MOULAN』第3輯にこの総題、この並びで掲載されているとか。

林修二集』(臺南縣文化局 2000年12月)より。

林修二集』は漢字や平仮名の表記に不統一なところがあるようで、前半「蒼い星」は基本的に正漢字+現代かな使い、後半「集外集」は基本的に当用漢字+歴史的かな使い、但し1つの詩の中で両方が混じっていることもあるようです。

 

 

林修二 喫茶店にて

林修二 郷愁

林修二 瞳

 

水蔭萍 雄雞と魚 台湾 風車詩社
利野蒼 或ル朝 台湾 風車詩社
丘英二 星のない夜 台湾 風車詩社
戸田房子 遠い国 台湾 風車詩社

 

 

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神谷徳重 (モダニズム短歌)

神谷德重=詳細不明。現在残っている4冊の『文藝耽美』と松岡政吉編『随想録』(1934年)くらいにしか名前のない人。『文藝耽美』の編集子のあとがきには氏の外遊中の歌とあり、『随想録』も政治家の寄せ書きのようで、両者が同一人物なら氏は政治家か外交官か。

 

墨西哥(メキシコ)」(『文藝耽美』1927年(昭和2年)5月)

墨西哥の兵士のむれは妻を率(ゐ)て 落葉のごとく道に圓寢(まろね)す

・酒店に晝も踊れり墨西哥の 黑き女とあめりかの水兵(かこ)

・酒店におどりつかれてたをやめの 膝にねむれりあめりかの水兵(かこ)

・動亂のこの墨西哥にあでやかに かゝる乙女もすみけるものか

・熱帶の樹蔭にけふも革命軍の 士官は午睡の夢まどかなり

墨西哥の乙女いぢらし戀人を いくさのにはに慕ひつつゆく

・木舟にて男の子支倉(はせくら)來つるてふ アカプルコを見てすぐる船旅


ラテンアメリカ」(『文藝耽美』1927年7月)

・森深みマドレデデイヨスの川ぞひに日本樵夫の斧の音ぞする

・筏さすマドレデデイヨスの早き瀨も危難にあはで來しやまろうど 

・南智利日はあたたかに草あほし羊飼ひつゝ君と住まばや
※「智利」=「チリ」

・夏の夜をフニンの磯に語らひし乙女よわれは君を忘れず

・停船のいく日をこゝになれそめて海に生れし戀ごゝろかな

・さはれ我が海に生れし此の心猶いつまでかつゞきゆくらむ

・とつ國に放浪の子を一人子を母なればこそまち玉ふらめ

・母は兒はうらぶれはてゝ歸るべしそのおん膝にひた泣かんため


「かんらん樹」(『文藝耽美』1927年8月)

・星あかり神はいづくにましますや
            しづけきいのりいまきこしめせ

・六月の朝の鐘鳴るエルサレム
            そゝりてたてる露西亞の寺に

・都よりナザレに急ぐ少女達
            驢馬にてゆきぬ月のさす路

・いにしゑの博士が汲みし野の井戸の
            ほとりにしげる橄欖樹かな

・二千年むかしながらにかはりなき
            星のひかりにエルサレム見る

・はつ夏やパレスタインは美し國
            連山くれぬ色むらさきに

・鐘樓や朝の勤行うらわかき
            露西亞の尼僧けふも鐘撞く

・地の鹽にわれらなり得ず死の海に
            魚住まゐてふ悲しさを見る


「常夏の島布哇(ハワイ)にて」(『文藝耽美』1927年10月)

・水夫ひとり船をのがれしサンペドロ港の秋の風さむかりき

・あゝ黑奴西印度なる國戀ふやパナマ廢墟に夕星を見て

・椰子島の夕消遙にたづねけり君と語らん岩もありやと

・キウライヤ紅蓮の炎烈くる岩世紀の末はかくもありなむ

・熱帶の一路われらは自働車にマウナの峰に雪つむを見る

・魂はいづらゆきけむしゝむらは廢墟に似たり戀のわかうど

パナマの夜 十時と云ふに紅燈の町をしたひて馬車をよびける

・紅燈の町につゞきて墓場あるパナマの夜のもののあはれ

 

 

 

 


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モダニズム短歌 目次


http://twilog.org/azzurro45854864
twilog歌人名または歌集名で検索すると、歌をまとめて見ることができます。

 

ドミ・レエヴ 水蔭萍 (詩ランダム)

 

ドミ・レエヴ

                                            水蔭萍

1.
黎明は劇しい吹雪から七日の月光を 吸つてしまつた。

音樂 と繪畫と詩の潮の音は天使の協音がした……

音樂に於ける僕の理想はピカソのギタアの音樂だ。

黃昏と貝殼の夕暮。
ピカソ、十家架上の畫家。肉體の思惟。
肉體の夢想。肉體のバレ……

頹廢の白色液。
三本目のパイプ菸草の後に起る思念は一つの黑い手袋に入つてゆく───

ミストラル(北風)は窓を叩ぐ。
パイプから洩る、戀は海邊へ。

2.
蒼白な額に流れる夢の花粉。 風の白いリボン
孤獨な空氣は穩かではない。
陽の落ちた夢。
枯木の天使の音樂に 綠のイマアジユが漂浪し始める。鳥類。魚族。獸。木も、水も、砂も雨になる靜かなシユロアを待つばかりだ。

3.
彼女を紫に印象したアプリオリと星のシステムは風の潔ペキ性を嫌がる。アスパラガスの葉蔭 フオルモサのセラフアンとミユ-ズは真夜中の美を摘む。

黃昏は玻璃色の少女を放心させた。櫻質のパイプの詩神。窗にみちみちた虛空は、少女の若若しい靜脈を ……
鮮らしい光りの唇を……
半夢は夜あける。

 

※「叩ぐ」は多分「叩く」。『林修二集』の日本語部にも「く」になるべきところが「ぐ」になっていたり、「が」らしきところが「か」になっていたりで、日本語表記に問題がありそう。

 

 

水蔭萍(1908‐1994)
本名は楊熾昌。風車詩社の創設者。筆名は水蔭萍の他に水蔭萍人、水蔭生、柳原喬、南潤、島亞夫、伊藤逸太郎、森村千二郎、山羊、山羊生、Goat、島田忠夫、柳澤昌男、ミヅカゲ生等等。風車詩社当時《台南新報》文藝欄の編集長だった。

 

 

水蔭萍 雄雞と魚 

水蔭萍 短詩
水蔭萍  日曜日的な散歩者

 

 

利野蒼 或ル朝 台湾 風車詩社
林修二 喫茶店にて 台湾 風車詩社
丘英二 星のない夜 台湾 風車詩社
戸田房子 遠い国 台湾 風車詩社

 

 

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