思出
山中富美子
綠のニグロが石段を下りる時、オリーヴは
空の色に茂つてゐる、そこに伊太利の日光がさす。
一片の明るい雲、時々、天使が浴みする
熱帯地の雨はこはれた石柱にかゝつた。
海で死んで砂をくゞつてきた天然樹の足、若い蛇よ。
月の海岸には泡が佇立している。
秀れた姿勢で、砂漠の空に。
それは匂った。
眠る橄攬の呼吸の波のほとり、優しい遠方に──。
新鮮な思出が、
それだけがあつた。
海のバルコニーの外の樹をながめる時──。
『詩抄』(椎の木社 1933) 『文學』(厚生閣書店 1932-12)