沼欣一  (モダニズム短歌)

 

・下げ髪の馬車を見よ うららかさうに 囚人よ春をきれいな枝をつかひながら

・おもしろい春の遊動圓木を越えてくる かたつむりの窓が ああ 靑くて

・オランダの風車 ふたたび笑ふ 明方はやくあやめの花よ眼をあけよ

・雨はらんぷのやうに搖れるだらう 野づかさよ 僕は若い郭公の行くのに偲んだ

・さきから濤がくづれて行くゆたかなこゑよ 旅客機がとほり 林をとほり 再び何事もない

・緯度は左である 月がでるあたらしいマドレエヌの水に霧がさかんにふる

・たとへば 乳房がかほる高貴な春のうしがたふれた 私よたちまち桐の しづくがおちた

・雲と呼ぶ 竹林のなかを通りすがり もぐらと僕と 土によごれた花をふんだ

・ふさふさと手がおちる 喚聲だ 私は 花のあとの幌をおろさねばならぬ

・常春藤(きづた)のミシン 兵士 あなたが河をよこぎるために瀧がきこえた

・はるばるとあをい舟をひつぱり靑い眼鏡をかける その樹の上にさくらんぼ なりはじめた

・機上斜めに百日紅が映えた 少年や胸に 秋かぜが鳴る

・まつげのやうに濡れてゐるピアノ くろんぼの母は劍を捧げ 劍を下ろす 花沈む夕暮の丘よ

・巴旦杏はすずなりだ 染料店の技師はすが眼の雲をみやる ひそかな

・雨に混亂する蝶を美しいとおもひ クラブを振る少女がしろい木のなかをめぐる

・水上を通るので呼ぶ さるすべりのなかへ鷺が行くやうにおもふ

・あの色は鷺が發つのだ いくにちぶりになる 目がしらへ光つて澄んだ

・雨のあひだにのびた 蘚いろの鮒と 花は木ほどにせまくなります

・瞑目した 鳳仙花のはなに耽りながら ひばりのこゑの幼い

・レインコートは脱いでをります あねもねの書肆はいつせいに傘をひらく

・農林課の馬 花も眼鏡も歪んでゐる 私の雨のしづかなあひだ

・花はすずらんの列へ ひろびろとひろいよ 平日の椅子で撒水してゐる

・監視兵も蟬も 感情が昂ぶり柊の葉の多いのはさみしいことです

・通風のいい部屋にゐる はぢらひがちに娘の指は美しい海草をさしておよぐ

・花影が盗まれるとしばらく搖れてゐる 微風はまた いくつめかの鳥籠を解(ほぐ)してゆく

・貝殻を遺(おと)してゆく徑にカンテラがともり きれいな魚が泳いでゐます

・ゆつくり墻を曲つてゆきさまざまな牡丹の花であつた 向ふは海風が吹いてゐて

・華やかな瞑想の雲が散り どの窓からも朝はしろい果汁をしぼる

・雨らしい地下室をでる馬車の仕度は出來てゐるし 鶯を一羽非常にさびしくてわたした

・入江には波がひかる 濕度計をもつて僕は果樹園へおりる

・耳が大きい 木馬が廻つて走るのだ 兒どもの耳に葡萄の房がふれて行く

・咳をする いづれも山脈 南天の葉をおもへば靑い

・枝ぶりがいいとつまだつてゐた おほよそ月が湖を蔭つた

・杉籬の近い郵便がくる 少年と琵琶湖 咲きがかりの梅

除雪車が着いた 冷蔵庫をあける 夕日 愉しんでゐる

・左 圖書館 下流よりもみえる 漸次(しだい)に ドラセナの舟がみえてきた

 

 

 


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モダニズム短歌 目次

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海賊 その他  西川満  (詩ランダム)

 

海賊

             西川滿

俺は船長だった。
海洋の日没が俺の心を襲ひ、船腹を血に染めた。
黒死病で倒れた舵夫の屍を水葬に附した後、俺はいつか盲目(めしひ)になつてゐた、盲目に。

 

 

俺を救つてくれた若い豹よ。
きみのそのたくましい肉體のうねりに、俺は愚かな過去のアフリカ地圖を棄てる。


さあ共に行こう。新たなる大陸に向つて。

 

   ──白い封筒を寄せるあるひとに──
遙かなる海港の鷗が僕の部屋を訪れる。おびたゞしい傷痕の夕燒をもつて。

 

 

 

西川満    夫人

 

詩ランダム

 

 

河  笹沢美明  (詩ランダム)

 

   幼兒に與へる

            笹澤美明

おまへから河が流れる
まだ地下水のやうに
かすかに響く
兩岸はすべて宇宙だ
季節は花々を映し
月々は果實を投げる
河口は遠くにあつて見えない
未來とは夢だ
それは神だ
おまへはつかむことが出來ない
それは時間の微粒分子が
形づくる雲だ
おまへは河だ
自身が流れた
何ものもないやうに押し進む
おまへは名を持ち
大きな仕事を持つ
完成すると最早
おまへは何だろう
葉を潤ほし
果實を產んで
永久に自身の名を保つ
夏だ

 

 

 

 

笹沢美明 春苑

 


詩ランダム

 

 

春苑  笹沢美明  (詩ランダム)

 

春苑

           笹澤美明

かつては櫻の苑の中にゐた
あなたの瞳(め)と一緒に、
あなたは信賴され
まるで樹々を支へてゐるやうであつた
やがて花噴く枝を。

あなたは苑の中で堪えてゐた
ゲツセマネの園のやうな
暴風の豫感の中で
私が送り出す獸を
冷かに一匹づゝ捕獲した。

つひに一つの樹から
あなたの掌は降りた
ひとつの世界を招くやうに
それは白く飜へつた
苑に光りの飛沫を與へながら。

かくて櫻の苑の中にゐた
あなたの瞳と一緒に
あなたが壞れた私を支へ
花噴く枝々の間から
私が昇天するまで。

 

 

 

笹沢美明 河

 

 

詩ランダム

 

 

光の淵  小方又星  (詩ランダム)

 

光の淵

          小方又星

空は動いてやまない。
生命がそこに躍つてゐるのだ。

 

秋の空は
白熱の信仰に燃えてゐる淵だ。
太陽は見えないが
あの光つてゐる雲を讚美しよう。

 

實に寂かだ。
しかし、歡喜の絕頂だ。
白金の焰よ、
その坩堝で何を溶かしてゐるのだ。

 


『古典的な風景』抒情詩社 大正14年(1925年)

 


詩ランダム

 

 

タイプ(Ⅱ)  酒井正平  (詩ランダム)

酒井正平には「タイプ」という題の詩がいくつかあるようで、検索の都合上この詩を「タイプ(Ⅱ)」とした。諒とされたい。

 

 

タイプ(Ⅱ)

            酒井正平
若しも あるとしたら

ユリの如く さむさにふるえ

思ひだした

クラブのテラスで まづいスマツクを

嚙つた

ツバメがまたきて 町を

 

ちいさくし せのびをして

エジプトの組織學を話した

天文學ではなく そらのハナシで

あつた   いゝえあれは 三十男の

ナポリですからと まぜかへした

短いトゲの様なバスケツトで 市場の

旗の下をあるいた…………

 

 


『20世紀』第7号 昭和11年(1936年)7月

 

 

酒井正平 画布に塗られた陰について
酒井正平 航海術
酒井正平 肢
酒井正平 説話
酒井正平 その日に聞かう
酒井正平 タイプ
酒井正平 天文
酒井正平 七日記
酒井正平 果たして泣けるかについてきみは知らない
酒井正平 窓
酒井正平 洋服店の賣子など

 

 

詩ランダム

 

 

 

タイプ  酒井正平  (詩ランダム)

 

タイプ

            酒井正平

 ☆ ハリイと名前の 付いた男に 一番近い曲り角
を ロンギノスに乗つて スミが彈く 
ピアノが好きだといふ──手袋の白い女の人とならん
で ハリイの子が寫眞をとつてゐる


 ☆ イチゴ畑にリボンを落した少女と ゴルフリン
クで ボールを追つ馳けてつた少年とは知己でない 
むしろカリンといふ少女は みんなのボウトで 半島
に渡るのを好む


 ☆ ハツサンの畵いた 繪には ハイが止まらねば
ならぬと いふ 詩論を持つてゐる子供は みんな屠
鷄塲で仕事をみてゐる


 ☆ 行商人の群と 僕達の父親との 和睦よりも
小さい汽船會社の船で 無人島に渡り 時計をみた方
が やさしいと思ふサリイは たつた一本買つたルウ
ジユで 川を塗つてゐた


 ☆オームと 遊ばないかといふ 符徴のために 自
殺した少女の お墓に おまゐりした


 ☆ 船大工は ツツマシイ仕事を する ロバの日
を記念する ために アカルイ色をした上衣が 鬪技
場の 三箇の窓を持つて居る


 ☆ バランスのある海 首のある木馬 スミレにゆ
きて 我が友はキリンを好む あゝブドオ樹よ

 

 

 


『20世紀』第1号 昭和9年(1934年)12月

 

 

酒井正平 画布に塗られた陰について
酒井正平 航海術
酒井正平 肢
酒井正平 説話
酒井正平 その日に聞かう
酒井正平 天文
酒井正平 七日記
酒井正平 果たして泣けるかについてきみは知らない
酒井正平 窓
酒井正平 洋服店の賣子など

 

 

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