失踪するエロイカ 伊東昌子  (詩ランダム)

 

失踪(しつそう)するエロイカ

          伊東昌子

 

日暮れてモスリンが泡立ち


草の葉の胸に人魚がする人見知りは


聴き手たちの扇子をさへ


柔げはしなく


ロシアの風のやうに


帽子をとるシンデレラの目や耳は


あんまり綴りを間違へると云つては困つた

 

 

 


伊東昌子 海の方へ
伊東昌子 南方飛行便

 

 

詩ランダム

白い Cabin  饒正太郎  (詩ランダム)

 

白い Cabin

          饒正太郎

朝の海岸は梔子(くちなし)の香でいつぱいだつた。
私は向日葵の咲いてゐる丘で海を呼吸した。


ああ、
透徹(すきとお)つた幻想の中で白い花瓣(はなびら)が穹中(きゆうちゆう)へ陥落する。


私の記憶の航海は一枚の悲しいハンカチーフに戀をする。


海の血緣者は海から細長い風景を引出す。


熱狂と白痴を生み出したこの海は神に向つて合掌する。


Chorusが聞えて來るとこの漁村に洋燈の花が咲く。


靑い染のついた帆船には星が落ちてゐた。


海の鋭い凝視は私の虛言を魚の様に捕へてしまふ。


私の腦髓は激しい海の香に侵されてしまつた。
私は眞白いCabinの中で昏倒してしまふ。

 

 

 

饒正太郎 オペラの部
饒正太郎 苑の周囲

 

 

 

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夜のイニシヤル  山中富美子  (詩ランダム)

 


夜のイニシヤル

        山中富美子

檳榔樹の月の金色、
かれらの蘇生よ、
ほんとに奇妙な結果だつた。
風は砂から生れて行つた。
海のコムパクトの冷たい呼吸、
十字架に接吻して
濳楚な夜明けの星が石に變る時、
泡の肉體が空に浮んで
體溫のしやかな幻をかく。
檳榔樹のまぶたのかげには、
貝殻の理智が涼しさを呑みこむだ、
そこに一つの月が復活する、
一つの伴奏につれて。
いつも氣の毒な燈臺よ──。
彼方の海岸に樹々をよぎり
戰ふのは一人の神だつた。

 


※「濳楚な」→「清楚な」?
※「しやかな幻」→「しなやかな幻」?

『文學』(厚生閣書店 1932-12)

 

 


山中富美子 思出

山中富美子 海岸線

山中富美子 姿勢する

山中富美子 睡眠

山中富美子 聖夜

山中富美子 園の中

山中富美子 沈默

山中富美子 夏の一頁

山中富美子 夜の花




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航海術  酒井正平  (詩ランダム)

 

航海術

          酒井正平

ランタン病患者の告発した所によると東部の風はもうこちらには吹かない。
西部にある牧野はすべて任せてもよい。
 この陸地不透明な潤散が犯しておる。
それはひとつのコイル線によりあなたを海の部分にした。

 

 

 

『小さい時間:酒井正平遺稿集』(1953)

 

 

 

 

 
酒井正平 画布に塗られた陰について
酒井正平 肢
酒井正平 説話
酒井正平 その日に聞かう
酒井正平 天文
酒井正平 七日記
酒井正平 果たして泣けるかについてきみは知らない
酒井正平 窓
酒井正平 洋服店の賣子など

 

 

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窓  酒井正平  (詩ランダム)

 

           酒井正平

 

~テニスなどして海のそばから帰つてくると水色のシヤ
 ツがぬれてゐる アマチユアだといふ昔の友が小娘た
 ちにおしへてゐる


~「ボキヤブラリイ」の地方で リボンをむすんだ蝶々
 が死んでゐる 「アレゴリイ」の村で 画家は村夫子
 とあそんだ


~アンチモネエの花に会つたことがアルカイ 短い着物
 をきて アナンの地でさしたといふタアルの様に嗅タ
 バコを用ひる

 

 

 

 

『小さい時間:酒井正平遺稿集』(1953)

 

 

酒井正平 画布に塗られた陰について
酒井正平 航海術
酒井正平 肢
酒井正平 説話
酒井正平 その日に聞かう
酒井正平 天文
酒井正平 七日記
酒井正平 果たして泣けるかについてきみは知らない
酒井正平 洋服店の賣子など

 

 

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落下する物質  水町百窓  (詩ランダム)

 

落下する物質

         水町百窓

裝飾物に落ちかゝる夜、あゝ、涯しないこの下降を支へて僕が居る。
窓から忍び込む夜、夜の奥の一つの形態、カーテンを捲き上げると、地球が僕の目の中へ月をはめ込む。僕は僕の内側に海鳴りを感ずる、肉體の中の月の温度、輕快なるミユーズの羽音がベツドの上の僕を呼び起す。
さへぎられた一枚のガラスの上に砕けるあらゆる物質形態、僕にまでとゞく光、肉體の上の銀色のマーク、僕は光に乗つて月の中へ肉體の眠りを墜す。

 


『生活の一章』(詩之家出版部 1932)より

 

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ガラスの肖像  中村千尾  (詩ランダム)

 

ガラスの肖像

       中村千尾
サウザンクロスの下で
生れた日を數へるように
小さな幸福が輝いてゐる
私の頰の冷たい夜


水晶のブランケツトの上に落ちた
一滴の涙のように
透明な日日を愛し
一つの新しい希望を記錄する


二月のシベリウス


星の音を聞くために
この靑銅のナイフを開く
それは私の胸にひらめき
帝国な一瞬を思はせる

 

 

 

 『現代女流詩人集』(山雅房 1940)より

 

 

中村千尾 朝のトレエニング

 


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