時間  井上多喜三郎  (詩ランダム)

時間 井上多喜三郎 近よる時間を帽子の中へかくしておいた。 急いでやつてくるあの子。 僕は帽子をとつて 高く打振るのでしたが帽子の中からは 花粉が麗かにとびだして 僕等をすつかり包むのでした。 『MADAME BLANCHE』第10号 昭和8年(1933年)10月 井上多喜…

花見酔客  西條成子  (詩ランダム)

花見醉客 西條成子 襲ひ來る寂しさは秋のブドウの味でした美しく花の咲いた或日に旅人はその下に甘露の酒をのむのです夢は幾つもの山や河を越えてそこに旅人は唄ひ又踊るのでしたそんな夢からさめて旅人は又もたまらない秋の實を見出さねばならなかつたので…

静かな饗宴  澤木隆子  (詩ランダム)

靜かな饗宴 澤木隆子 わたしの明るい罪惡悔ゐなき魚族の沈默スリツパから立ち上る夕ぐれの虹のだんだら いもうと お前は明暗のレエスを引きしぼる緞帳の紅をゆすぶるここの階段にリユストルをともしてくれる おまへはわたしの足もとの疲れた花片をたんねんに…

星の転生  高木春夫  (稲垣足穂の周辺)

星の轉生 高木春夫 窓をあけて星をながめたとき風は赤ん坊の生毛のやふに、やはらかにさらさらと流れたではないかゆふぐれ、山のなかのひとつの池を眺めなんといふものさびしい遁世の志をいだいたことかその瞬間の頰えみを湛えてゐたことがいまは遠くすぎさ…

オペラの部  饒正太郎  (詩ランダム)

オペラの部 饒正太郎 チエツコスロバキヤの鵞鳥よ料理屋のギターよけふは床屋の結婚式葡萄の實を投げたまへ ☆ サン・ジユアンの祭の日君は茶色の自轉車をこはしたね戰爭はまもなくつまらなくなるよ 太陽は馬丁のそばで薔薇のやうにピカピカするしボオンピイ…

説話  酒井正平  (詩ランダム)

說話 酒井正平 タイマツの點いてる暗さから遲々として落ちる指の様に指に基く言葉を點火(とも)ることに近付けてる 表裏ある空が映るアタゝカイその次にもたれる知性は還々的なる投影法が僕に飛行機をおしへるより飛行機にもとづく すぐれた中世の沈開法がヴ…

七日記  酒井正平  (詩ランダム)

七日記 酒井正平 綠色はつながつてゐる鍵をもたない金粉とそれを季節を分けてメタル學者と步かなければならない電話でそれを斷つてみえるが晝食はオレンヂ色の動物學者ととり草花は生えないと自意識する忘れた盾をグラモフオンの中に見つけだしてる… 『MADAM…

策取  西條成子  (詩ランダム)

策取 西條成子 靑い風の中を悲しく光つて柩が通るとき 白い夜の奢りの饗應に花の蹂躙を忘れなかつた 惡魔等の冷たき笑ひはそこに始まり あやしげなその響きは谿間の白い階段に突き當つては 死んで行くのでした。 『MADAME BLANCHE』第8号 昭和8年(1933年)7月…

鷲の棲む皿  荘原照子  (詩ランダム)

鷲の棲む皿 莊原照子 Ⅰ苦痛は夢よりもなほ優しかつた リルよりも──あの影はヒイスのある銀砂の日白い鷲をゆめみてゐる 羊毛を斷ちつくす手のその蔭衣ずれは這ひ寄り うすれ陷没する闇の背部からは水色の髪だけ脫れ出る Ⅱ 夜の笹やぶを透かし鳥らは苑の一隅を…

水の無い景色  高木春夫  (稲垣足穂の周辺)

水の無い景色 高木春夫 三階の窓から黃いろい聲をだして私の名前を呼んでゐる練瓦の累積のなかにぢつと立て寵つて枠のなかにはめた人像寫眞のやふに尖らない 永い間獨り言の騷音に聽きいりながら、決して決して怯えやふとはしない椅子はむかふの窓ぎはへコツ…

アスフアルト・スクリーン  近藤正治  (稲垣足穂の周辺)

アスフアルト・スクリーン 近藤正治 裏かへしになつたアスフアルトの上に果てしなくのびてゆく幻燈の新都市では何處からだつて月ならのぼるよ新聞から パイプオルガンから 飾窓からそしてゴールデンバツトの綠色の空へでもやつてくる月ピカソの月ならなほさ…

銀座の若いキリスト  近藤正治  (稲垣足穂の周辺)

銀座の若いキリスト 近藤正治 ピアノのなかのホーキ星エナメル塗のキレイな夜ですボール紙と針金の敎會で凸レンズの月を喰べませう銀座の若いキリストはジヤツヂやワルツの跛つこですむろん手足は花火だらけで心臓が奏樂時計でございますきらきらとしたシル…

ココアの夢  近藤正治  (稲垣足穂の周辺)

ココアの夢 近藤正治 ギダから月が昇りかけた星がきらきらブリキの街でやつと電車の喰へることに氣がついたのでフイルムの中から拔けだしてきたらあちらこちらのタイヤの影からキユービズムの顏が笑ひを組立てゝゐた夜は心臓が居ない丈でもうれしいね色はコ…

天国への通路  山田一彦  (稲垣足穂の周辺)

天國への通路ou Quand l'Eternel s'aproche de la fin de L'ETERNITE 山田一彦 Ⅰ 例へば貴方は靜かに花でふちどつた鏡にうつるように眼鏡をはづせ,庖丁をもつて眞赤い林檎を眞二つにわれ。 花の鏡の花辨のゆれないように,最善を盡して眞赤い林檎を眞中から眞…

綴れない音信  井上多喜三郎  (詩ランダム)

綴れない音信 井上多喜三郎 原稿紙を展げる 窻から月がおりてくる 風も靑い蚊帳の中 いつも下手な僕の字 皆 泳いでいつてしまふ。 ※「展げる」→「展(ひろ)げる」。原詩は振り仮名あり。 『MADAME BLANCHE』第8号 昭和8年(1933年)7月 井上多喜三郎 花粉井上多…

雲  西條成子  (詩ランダム)

雲 西條成子 大理石の藝術の如くにも雲よ そなたの謙讓さは誇りかに形造られ 消えうせる夢の精靈よ はてなくさまよへる白菊への思慕は メールヘンの世界に咲いて 淚は靜かに草の心をやはらげるのでした。 『MADAME BLANCHE』第12号 昭和8年(1933年)12月 西條…

再会  西條成子  (詩ランダム)

再會 西條成子 靑きみかんを剝く日の様に 香る愛の中での祈りの様に 爪色の空氣は振動して うらうらと物語りの煙りの中に 思ひ出は黃菊の唄を唄ふ。 『MADAME BLANCHE』第13号 昭和9年(1934年)2月 西條成子 青き絵筆に西條成子 雲西條成子 独楽西條成子 策取…

洋服店の賣子など 酒井正平  (詩ランダム)

洋服店の賣子など 酒井正平 うつし取らない日射しをかんじ フトコロで 八ツ手の葉が切りぬかれた 駈けだしながら あそこでもカラス・ウリの實が唄つてゐる あとのつかない顏が 廣場にゐた…… 『MADAME BLANCHE』第17号 昭和9年(1934年)8月 酒井正平 画布に塗…

肢  酒井正平  (詩ランダム)

肢 酒井正平 きつとみてゐる硬い顏からはなれて數字ともちがふしノハラではあそんでもキマツテヰルそういふ時に汽車が動き竹の林は薄い日を嚙んでる 『MADAME BLANCHE』第17号 昭和9年(1934年)8月 酒井正平 画布に塗られた陰について酒井正平 航海術酒井正平…

ロマンに做つて  西崎晋  (詩ランダム)

ロマンに做つて 西崎晋 海のなかの海のやうにと歌つたあなたの友へ訪れる陽のひかりもないヴイタ・パブリカ通りのあたり ✱ ひとりは眼球にひとりは逃走する野獸の頰に隠れて佛蘭西歴史はきてゐます 『MADAME BLANCHE』第10号 昭和8年(1933年)10月 詩ランダム

海の方へ  伊東昌子  (詩ランダム)

海の方へ 伊東昌子 犬羊齒の燃える音がする 暗いこの道を かつてはその胸に匂つた 花飾りのやうに むすぼれた氣品にとまどひして 『MADAME BLANCHE』第10号 昭和8年(1933年)10月 伊東昌子 失踪するエロイカ伊東昌子 南方飛行便 詩ランダム

独楽  西條成子  (詩ランダム)

獨樂 西條成子 栗色の馬車に乗つて太古よ あの音は睫毛の洗禮です 思はずも燈した螢は 澄んで來た生誕に驚き 休憩室は寒國の匂ひです。 『MADAME BLANCHE』第14号 昭和9年(1934年)3月 西條成子 青き絵筆に西條成子 雲西條成子 再会西條成子 策取西條成子 プ…

三宅史平  (モダニズム短歌)

・でぱあとなどの空を泳ぎまはる、廣告飛行機は戀人のない金魚です。失禮なものをくつつけたまま 燕尾服で せかせか お散歩です ・つぎ、順天堂まへでございます、まがりますから、さて、御注意願ひますれば くりいむ色のあぱあとの たくさんある窓が いつせ…

南方飛行便  伊東昌子  (詩ランダム)

南方飛行便 伊東昌子 流行りの演說については地方的だと云ふ非難があり晴れた日の飛行について手紙を書く綠色の市場へ急ぐ飛魚たちの腰を見給へコムミュニストたちのロマネスクが問題になるスヰイトピイ栽培と勞働價値について及び草花の懐疑と云ふ著書を持…

神崎縷々  (モダニズム俳句)

『天の川』の神崎縷々と篠原鳳作らの無季俳句を認めるか否かで新興俳句運動は分化したと云われる。その神崎縷々は37歳で早逝した。その後師の吉岡禅寺洞の手で『縷々句集』が編まれた。その句集の全句です。 ・茱萸の花にぼろをほしたり草の宿 ・がらがらの…

青き絵筆に  西條成子  (詩ランダム)

靑き繪筆に 西條成子 薔薇の微笑の束の間もあなたはほころびる遙かなる掟の前に美しい寶石を思ふ瞳の様に象徴の夢はなほも蒼穹をめざしてあゝ重ねられたる祝杯の音はいつも澄んでゐましたのに。 『MADAME BLANCHE』第15号 昭和9年(1934年)4月 西條成子 雲西…

花占ひ  山田一彦  (稲垣足穂の周辺)

花占ひ ou l'amour d'IOKANAAN 山田一彦全世界の軍人さん達が一諸に髭を剃つて机を竝らべて禮服のカウスに戀の詩を書く日であります.シルクハツトを歪めないで冠つたIOKANAANは寢臺の上によこたわりながら:サロメは余を愛して居る・サロメは余を愛して居な…

分離以後の恒等式 田中啓介  (稲垣足穂の周辺)

分離以後の恒等式 田中啓介 タイアやハンドルに分解された自働車 ステツキ恒等式はニツケル製のアートタイトル 街は今さはやかに白い幔幕うちひるがえしスープえの思慕ははるか靑空にシガレツトの煙 日曜の花束まきちらし赤いトレイドマークの朝をするすると…

星色の街  田中啓介  (稲垣足穂の周辺)

星色の街 田中啓介 星色の街でピカソの月が靑ざめた幾何學の頂角に八月のリンゴとなり花火となつて煌き散り失せガチヤン ガチヤ ガチヤブリキ製の蛾が窓をかすめる機械な音波にしばしは燐光の竊盜兒カイネ博士の十二使徒もゼンマイのきしりを喰べまよなかあ…

ダダの空音  高木春夫  (稲垣足穂の周辺)

ダダの空音 高木春夫 釘と針がね造りの尖塔コンクリートの壁不思議な小太鼓 太陽のバイキンかぎりなく淸淨な 廻轉椅子居眠つてゐる砂 壊はれた接吻なまけ者のブリキオスカア、ワイルドの建築物なんといふ悲しい昨夜月の破片の白い毒を抱き羽うちわを翳し赤い…