中野嘉一 Ⅱ  (モダニズム短歌)

 

 

・人家稠密ナル市街卵白(オパール)ノ娘等トビ「愛人よわれに歸れ」ト唱フ

・奇シキサラセン模様ノ春季(ハル)ノ風嗚呼麒麟ノ頸ハ梢ニ見エル

・地球儀ハ花籠ノヤウニ置カレタ手術ノメスノ光リヲ感ズル

・電柱ガ少シ傾クソコカラ熱イ血ガホトバシツテイル

・遊樂スル故園ノ蟻ヨワレラハ今勤(ツツマ)シク植物ノ年輪ヲ數フ

・遠キ野ニ起ツサラセン模様ノ風空中ノたんぽぽノ花ニ秩序ヲ見ユ

・衣裳ノ分類折レタ煙突坩堝(るつぼ)ノ沸騰腦膜ハウルハシキモノト親和スル

・鳥ノ眼犬ノ眼人ノ眼ガ容(はい)ツテヰル靑イクスリ壜ヲフツテ見ル

・フリイジャノ花ニ時計ノ鎖ヲムスブ少女ノ年齡ヲ知ラナイケレドモ

・花並木ソラ豆ノ花ノ並木蚊ガ一匹啼イテソノ花ヲ臺ナシニスル

・白イ石鹸ノヤウナ港人間ハミナ鏡ヲ持ツテヰル

・雲雀ハ幌馬車ノ屋根ニ集ツテ來タ一群ノ雲ハ公平ナル天使ノ様ニ流レテヰル

・類人猿ハ帽子ヲ被ツテ蟹釣ニ出タ海辺ノ空ニハ火星ガ赤ク光ツテヰタ

・シヅカナル天体ニ昇リ行キ人人ハ鋼鐵(ハガネ)ノ腕トOLYMPICノ旗ヲ飾ル

・樹木ノ前午前ノ雲ハ船體トシテ截ラレル丘ヲ登ル犬ハ追ハレル

・孔雀ノヰル墓地昼深クナリ私ハネクタイノ文學的ナ意味ヲ知ル

・湖水ノ瑪瑙ノヤウナ斜視 稍々疲弊シタ肉體ノ部分ニ霞ガカカル

・つゝじの花叢の内で雀がないた 與へられた体積の雀である

・らぐびいの選手が隠れた 龜の甲羅の下に大きな水車が廻る

・一枚の手巾(はんかち)のなかに蜜蜂飼育所のしづかにうるはしく曇つてゐる日の風景を感じる

・この腱は切れてゐる 外科医は星の點畫を見ながら言つた

・月桂樹の花ばかり 少量の葱の葉 宗教的な雲の形 少年の帽子のなかに容りこむ

・うす明るい海ぎし 最も美しい庭園 落葉のあひだの鶺鴒 海草の間の寝台にねむる

・しつとりとした白さ 帽子の日覆のやうな墓地 日が昏れてゐる

・棒杭の鈍い光 地面には秘かに祈禱する人の影が黑くしみついてゐる

・脱走囚の見えない衣服 並木の道を走る 街に 空に 厚切りの雲がかゝる

・雲を交換する 三色スミレの花が石垣の上にこぼれて來てしかたがない

・精神の荒廃であつたか 夢をあつめる
西洋皿の上に悲しみを殘す

・葉裏をみせてそよぐ樹木 秋風らしい風の感覺を誰も記憶してゐる

・暑い日射しを針のやうに運ぶ褐色の小さい蝶蝶 夾竹桃の花

・紙芝居の靑年がひいて來た車の輪に蟬がないてゐる深い綠の森のなか

・森かげの空 小市民の不安な思想が木の枝の鋭い角度の中にきり取られる

・病室の窓からさみしい人の聲がする。「夜間飛行がとほるね」

・剥製のかもめは窓硝子を越えない 小さなアトリエに漂ふ秋の陽の深み

・溝端にこほろぎがなき また雀がないてゐてかのピアノの音は悲劇的な分子だと思ふ

・劇場の動かない旗。レストランの低い屋根。小都會のなつかしい蹠(あしのうら)が見える

・高い梢の上に數哩先きの都會の灯がみえる落葉の音を悲しみながら眠りに就く

・シヨウ・ウインドウが、瞬間、靑い翅、翅。──疾走するヘツドライト!

・エレベエーターの壁鏡(わんど・ぐらす)にフラツパーの官能的な顔。眞赤なネクタイ!

・壁に活きた神經がある、敏感に都會の電流を感じてゐる

プラタナスの黄葉(は)が一面に落ちて、皮膚病にかかるペーブメント        (「黄葉」=「は」)

・そわそわして断髪にブラツシユをあててる、少女。明るい扉(どあ)のなか

・コバルト深く、劃線をひいた遠景の、ビル街へ無數の星がふつてゆく!

・プラス・マイナスの符號がぼやけてひんぱんに通過する。──やがて、生物は昏睡からさめてゐた

・高架電車、いま、白つぽいビルデイングに、直角にぶつかる!

・高層ビルデイングの一角から明るい照明が放射され、動く、動く、街!

 

 

中野嘉一 Ⅰ


モダニズム短歌 目次


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岡松雄 履歴その他 (モダニズム短歌)

 

岡松雄(おかまつ たけし) 

履歴
1908年(明治41年)8月12日
高知県幡多郡奥ノ内村(現在の大月町)に生れる。

1925年(大正14年)4月1日(社員名簿には3月2日入社とあり)
上京。書肆冨山房入社。同所で『橄欖』の小笠原文夫を知り短歌に興味を持つ。

1931年(昭和6年)
前川佐美雄・石川信雄・蒲地侃・小笠原文夫の『短歌作品』に加わる。

1934年(昭和9年)
前川佐美雄の『日本歌人』に加わる。

1935年
早崎夏衞、加藤克巳とともに『短歌精神』を創刊。

1936年 
若手歌人の集まり「四月会」に参加。『四月會作品第一』出版。(12月)

1937年(昭和12年)2月
処女歌集『精神窓』出版。

中央歌人にも参加とあるが、いつなのか特定できず。

1942年(昭和17年)
(昭和16年まで冨山房社員名簿に記載あり)
太平洋戦争による統制のため国定会社中等教科書KK発足に伴い冨山房より自動的に同社に移る。

1945年(昭和20年)
検定制度復活のため国定会社中等教科書KKを辞す。

1950年(昭和25年)11月5日
堀口時三郎、上田穆らとともに『次元』創刊。

1954年(昭和29年)

加藤克巳主宰『近代』(『個性』の前身 )に参加。

1961年(昭和36年)11月1日
有限会社秀英社創立。印刷会社。

1964年(昭和39年)11月
第二歌集『木石』出版。

1972年(昭和47年)11月
文京区白山に新社屋を築す。
『自選全歌集』出版。

1984年(昭和59年)6月19日
死去。

晩年に同郷の方と再婚されたようですが、奥さんは知名の方らしく、国会へ参考人招致され、戦中看護婦として中国へ召集された経緯が議事録に残されています。

以上『全歌集』『三十五周年記念「個性」合同歌集』等により作成。

 

参考文献
著作

・『精神窓』 協和書院 1937/02 短歌精神叢書 
処女歌集

・『木石』 昭森社 1964/11
戦後の歌の集成。

・『岡松雄全歌集』秀英社 1972/11 
全歌集とありますが、それまでの歌集の抜粋と歌集外の歌の集成です。それまでの歌集の序文等も再録。

・『宮崎源井』
中平 渥子/編 岡松 雄/制作
〔出版者不明〕 1977/05
岡松氏の小学校の恩師にして、義兄の短歌、俳句、随筆等、地元の新聞その他には発表した文章を集めたもの。

 

アンソロジー
・『四月會作品第一』
交蘭社 1936/12 

・『日本歌人クラブ 年刊歌集 1955』 日本歌人クラブ年刊歌集編集委員会/編
日本歌人クラブ 1955/03 

・『日本歌人クラブ 年刊歌集 1956』 日本歌人クラブ/編
日本歌人クラブ 1956/05
 
・『昭和新短歌選集』 福田廣宣/編
現代語短歌の軌跡と展望 角川書店 1979/10
新短歌ではないのになぜか、早崎夏衞氏ととも岡松雄氏の歌も収録。

・『個性三十五周年記念合同歌集』 個性の会/編,三十五周年記念合同歌集編纂委員会/編
個性の会 1988/8

 

序文等
・『汐騒』 立道正晟/著
潮騒 秀英書房 1965/8

・『林登免香』 林登免香/著,林祖雁/号
林茂木 1971/4 
同郷の方らしい。

・『夕茜』 飯田清/著
秀英社 1977/3 

岡松雄『精神窓』Ⅰ
岡松雄『精神窓』Ⅱ

岡松雄氏の履歴調査・資料収集に際して、高知県立図書館(現・オーテピア)の若くて優秀な司書さんに御協力戴きました。初め、岡松雄氏に関して歌集は『精神窓』しかなくどの結社にも属していない、履歴は全く知られていない歌人という認識でした。どこから手を着けていいのか分からず五里霧中だった中に、司書さんが適切なアドバイスやインスピレーションを常にタイミングよく与えて下さいました。特に『全歌集』を見付けてきて戴いた功績は大きく、その後調査が大きく進展しました。感謝。

 

昨日もしかしたらあの人を見たかもしれない。カウンター内にいたような。

 

ドイツ文学系の研究者の方がブログを見たいということだったので、余計なものは消していたけど、もういいかな。

コロンビア大学の研究員のヒロ・ヒライ氏((なぜヒロシと呼ばないのだろう?)からの提案でイスラームの百科全書『被造物の驚異と万物の珍奇』について、画像も載せられるnoteで新しいブログを作ることになっていたのだけど、その一般的な論考は、日本では貴重なイスラーム圏のオカルト学をやっている中西さんに委ねることになって一安心と思いきや、その援護射撃的にエッセイ的な文章を書くことを決意してしまった。元々文章は書かないつもりだったのだけど、いざ書くとなったら、他にも書いておくべきことが一杯あったことに思い当たった。取り敢えずは、ドイツ・ロマン派の鉱山文学の系譜について(無意識の発見期と重なっていて、鉱山=心の深層)とか、十六世紀のマラルメとも称されるモーリス・セーヴのこととか、レミ・ベローの宝石詩のこととか、ルイ十四世晩年の宮廷でおとぎ話創作ブームのこととか、英国のhellfire clubのこととか、ラファエロ前派(それ以前の古代人グループも)、リヨン派、ナザレ派、ハドソン・リヴァー派、日本なら青木繁等ほぼ同じ時期に各国で神話を主題にした絵画が多く描かれるようになったのかとか、書くことは多いな。私の文章を読んだこともないのに、私の本の出版を会議に掛けてくれると言っていた人達にも読んでもらえるいい機会かな。小説なら書くけどって、お茶を濁してきたけど、エッセイ風の文章がうまくないことを分かってもらえるかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

モダニズム短歌 目次
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 著者に関する情報を探しています。

特に小玉朝子、早崎夏衞の情報を。ご存知の方一報お願いします。
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中野嘉一 Ⅰ  (モダニズム短歌)

 

・これが薔薇の花であるかといつて雀が一匹垣根を越ゑる

・電子(エレクトロン)ら 春の沿岸を泳いで 白い生物を探検する 眞空の世界は遙かに遠い

・毀れた街の斷面 水族館の硝子扉に石化したははこぐさ達

・好きな幾何學が曇つてゐる 天井の雲雀は靑ざめてゐる

・たんぽぽ色の子供が嗤へば ペーブメントの空気はみるみる稀薄になつた

・肋骨のあひだに大きな鴉が下りた 鴉はさみしい音樂を択ぶ

・肋骨のあひだに暴虐な少年がゐる ひどい近眼鏡を懸けて

・透明な無風の眞空の世界 悪漢の瞳はサフランの花瓣である

・瓣膜をあけると 白い石だたみが傾斜してゐる 遠方に明るい地點

・時計臺の下の細胞組織を ああ美妙な馬鈴薯の花瓣は潜航し始める

・太陽が翼のあかい小鳥らをぶつつけてゐる野つぱらの明るい扁平足

・自記溫度計の内部(なか)を占める純粹理性は電子(エレクトロン)らの優しい獨りの娘

・部厚い手の甲のやうな鉄いろの海、海。一度に私の意識を擴大した

・白い家の屋根に花瓣(はな)を敷き蜜蜂らの墓を經營する少女と僕と

・貧しい午後の蜜蜂ら 可憐な汗を零して花瓣へ墜ちて行つた

・鹿らの角を埋葬しよう白い街の区域に その街は僕の眼球のうちにあるのかしら

・未だ太陽に異常がない 雨滴らと美風な星らと虹晴れの喜劇を夢みる

・墓地經營者の白い沓(くつ)に入つて蟻らの脚らすみれの花瓣ら永遠にたのしみ給へ

・朝つぱらから銀いろの乳母車が白菜の匂ひとレーニンのデッサンを載せてきた

・無線電信塔は神聖な白い掌 開花する蓮の花ら 自働開閉橋

・太陽の掌からシガレットの白い陽炎(カゲロウ)を吸入してゐる、タバコ畠の白い尺度(ハカリ)と少年と僕と

・美風な齒車のために貢献した僕達の隕石らとそして5ミリグラムの蟹の心臓(ヘルツ)達!

・白い地球儀のかげに海べがあれば少女よ日傘をひろげよ

・優美な鮫の血がながれてゐるだらう植物の綠の晴衣よ

・電柱はたんぽぽのやうな月を飾りもう夜あけである事を示す

・夏菊の花白い胸の小鳥みんな物質は軽い衣につゝまれてゐる 

・空に白く燈台のごとくみゆるものそれがはつ秋の太陽であるか

・限局された地球の一部分にのみ桔梗の花をつけた煙突が見える

・希望のない秋草電柱のかげに麗しい女の着物は燃えてゐるか

 

 

 中野嘉一氏の蔵書等は、現代詩歌文学館に寄贈されたとのことである。

 

中野嘉一 Ⅱ

 

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廣江ミチ子 Ⅰ  (モダニズム短歌)

 

 

・花ひらく この家のフラスコは既に壊(こは)れた 古びたる庭の隅で羊齒は風琴を彈(ひ)いてゐた

・音符の灯がついた あかるい階段を一つ一つのぼつて行くピアニストのてぶくろの影 あれはラヂオです

・いく晩も年りんに月が出た 稚魚の住む みづうみは銀のらつぱである

・海へ流れたヴイオリン だまつて切符をさし出す

・せめて風のすぎるをきかうよ あの音はほら二人でのつたブランコの繪だ

・夕ぐれへ 赤い燐寸の軸をならべあふ 街は つめたい花の土にしみ

まひるの影さした 海はとほく去り 時計台の砂しづかにこぼれてゐる

・あの音だ うみぞこのとほい魚族にまはりどうろうの繪をきりぬいてゐる

・くびわにリボンをはめて過ぎて行つた 船は季節の可愛いい小犬であらう

・いく枚も葉脈に灯をとぼし 顯微鏡はゆれていく聖歌隊であつた

・つめたい葉脈をのぼつて行く あしうらはさびしい 小虫だつて一つづゝ水筒をもつてゐる

・翅をたゝみ そつと脊のびする ボタンの穴に家々夕げをたべてゐる

・コトコトとゆれながら オルゴオルは海をわたつてゐた 言ひつけを 私は忘れてはゐない

・驛に 古びた影繪が停り 火藥さびしう うしろみてゐる

・かいだんにとまる騎馬のひとみ ゆうべの花火であつた 

・木はかすかに耳たてて 往つたほばしらは粉雪に海圖 ぬれてゐる

・傷痕のすあしに椎の木がついばんでゐた 蟲は家に硝子をはめて歸へる 

・明るい 瓦斯にとまる扇の繪 馬にはひとり羽根のばうしだ

・一頁 階段といく 風車の砂をはかる日よ 旗ふる手は袋があつた

・海にいく ゆふぐれのぎん紙に描く 霧たつ少年と鏡面がうつり

・海に花粉が降る 獨り身の羊齒類に病ひがあるから

・ゆるやかな速度で少年は歸へる 灯のついたパセリの中にハガキを書いた

・そつと手を握る貝類の卵の袋 さびしい放浪に月夜は階音である

・のぼつてゆく らんぷの現象に 莢豆は午後を指す近海航路

・泳ぐと あめんぼのなかに汽車が走つた 爽やかな海流に点字を落とす

・森林は瞬間あかるく反射した 蜃氣樓に亞麻の卵はヨツトにのつてゆく

・さうして 彼等は求愛した 網膜にしつかりとつぎをあてて 今度は木綿の袋を散歩に出かける

・合唱のリズム 巧妙に拒否するものがたりを終り海の聖書をはじめた

 

 

廣江ミチ子 Ⅱ

 

モダニズム短歌 目次

 

 

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日比修平『冬蟲夏草』Ⅰ (モダニズム短歌)

 

 

・斯きて花ひらかせし罪ゆゑにひとでとなりて土にひれふす

・溫室の天のガラスに海港のとある場面がさかさまに見え

・御(おん)とのゐ絶えてあらねば球根はにく厚き芽をふきにけるかも

・溫室にぬすびとひそみ居るなれど花瓣がそつてひらく夜となり

・裝束のふくめんいまは脱ぎすてて花の變化(へんげ)を隙間(すきま)見するも

・粘土をばぱんぱんたゝく家の灯が干潟にとどき更けわたるなり

・めろめろと紐やうの蟲這ひゆくは水のたまりをさとりしならむ

・夜をひかる蟲水中に無數ゆゑ下駄や位牌がうちよせられぬ

・軍艦が照らしいだせど貝るゑは夜のいとなみを恥ぢらはぬらし

・猫族が貝がらを嚙むおとかなし干潟のそらに菌絲萌えつゝ

・靑貝のかふすぼたんはしのばせて杏の花のしたにしやがみぬ

・てふてふはとてもしつこいよしなれば伏せの姿勢でやりすごすべし

・なめくぢはまだ棲まねどもとろとろと日のけぶる野は痒くてならぬ

・たなごころに觸るる生毛よ梨の花遠野にうかぶ晩ともなれば

・ももの木をゆすれどこれは樹木にてぜんたいとまれと木靈(こだま)が云ふよ

・花々の瓦斯にやられた鳥が居る赤いまつちをすつてくだされ

・をみなごは帷子(かたびら)あわあわ羽ばたきて茗荷(みようが)畑のそらを過ぎゆき

・貝類はすがたしどなく小波のひそけきままに動かされ居り

・びやうにんの列は音なくさざなみの白きわらひを踏みて行くかも

・らんかんにしてらしやめんが息づけどここにたくさんあるさぼてんなり

・をとめごの寝ほるるころをあららかにはちすの花は開きけるかな

・眼のみえぬかはずとかげはからたちにさまも無礼になげつけられし

・さかな飼ふ館(やかた)のあるじいま眠り靑い魚群にうなされてゐる

・ところてんそのほかへんな臓腑などが枝にまつはり空にもおよぎ 

 

 

 モダニズム短歌 目次

 

 

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水夫とマルセイユの太陽  星村銀一郎  (稲垣足穂の周辺)

 

 

薔薇の化粧をしたマルセイユの太陽は軍艦のマストの上で逆立をしてゐるやうに
水夫は船窓の花の中から桃色のストツキングに包んだ足を出してゐる
水夫の喫つてゐる暖かいコステユームに似た煙草は花屋の煙突である

港に菫色の薄明が盗人のやうに足を運んで來た時には
水夫は旣に午前の睡眠の上に落ちかゝりながら漸く腕を支へてゐた
マルセイユの太陽がパイプを啣へてやつて來た時にはアスパラガスのやうに微笑つてゐた

マルセイユの太陽には水夫は借金がない筈だ
波斯猫が眞珠の目を瞠つて遊戯を眺めてゐる
マルセイユの太陽が再び薔薇の化粧をして
パリアツチのコステユームを着て歸つて行くのを煙草を吸つてゐた水夫は知らない
桃色のストツキングが綠色に變つて其處から足のない海月が顔を出してゐるのも知らずに水夫は頸を振つてゐる

 

関西文藝 第6巻第2号 (関西文藝協会1930年2月)

 

 

星村銀一郎 PARE SSEUX MERITE (怠惰な偉勲)


稲垣足穂の周辺 目次

 

 

モダニズム短歌  目次

 

明石海人『白描』

飯田兼治郎

筏井嘉一『荒栲』Ⅰ

筏井嘉一『荒栲』Ⅱ

石川信雄『シネマ』Ⅰ

石川信雄『シネマ』Ⅱ

石原純

井上多喜三郎

上田穆 Ⅰ

上田穆 Ⅱ

太田靜子

小笠原文夫『交響』Ⅰ

岡松雄『精神窓』Ⅰ

岡松雄『精神窓』Ⅱ

岡松雄 履歴その他

加藤清

加藤克巳『螺旋階段』Ⅰ

加藤克巳『螺旋階段』Ⅱ

神谷徳重

神山裕一

草飼稔 Ⅰ

草飼稔 Ⅱ

下條義雄 Ⅰ (げじょうよしお)

小關茂 Ⅰ

小關茂 Ⅱ

小玉朝子『黄薔薇』Ⅰ 

小玉朝子『黄薔薇』Ⅱ

小玉朝子『黄薔薇』Ⅲ

兒山敬一

斎藤史『魚歌』Ⅰ

斎藤史『魚歌』Ⅱ

斎藤史『魚歌』Ⅲ

坂野健

佐藤登里子

清水信

白井尚子 Ⅰ

逗子八郎

鈴木杏村

簇劉一郎 Ⅰ

簇劉一郎 Ⅱ

高須茂

高群郁

田島とう子

立原道造

田中武彦

田中火紗子 Ⅰ

田中火紗子 Ⅱ

津軽照子『秋・現実』Ⅰ

津軽照子『秋・現実』Ⅱ

出口王仁三郎

中田忠夫

中野嘉一 Ⅰ

中野嘉一 Ⅱ

中村鎭

成川はつ子

沼欣一

橋本甲矢雄

橋本華子

早崎夏衞『白彩』Ⅰ

早崎夏衞『白彩』Ⅱ

早崎夏衞『白彩』Ⅲ

林亞夫

早野臺氣(二郎)『海への會話』Ⅰ

日比修平『冬蟲夏草』Ⅰ

平井乙麿

平田松堂『木苺』

廣江ミチ子 Ⅰ

廣江ミチ子 Ⅱ

廣江ミチ子(新庄祐子名義)

藤井千鶴子

本田一楊

前川佐美雄『植物祭』Ⅰ

前川佐美雄『植物祭』Ⅱ

松本良三『飛行毛氈』Ⅰ

松本良三『飛行毛氈』Ⅱ

松本良三『飛行毛氈』Ⅲ

美木行雄 Ⅰ

美木行雄 Ⅱ

水野榮二

三宅史平

宮崎信義

村上新太郎

村田とし子

山田盈一郎

 六條篤

 

このブログ作成に関してオーテピア図書館(県立図書館や市民図書館だった頃から)の若くて優秀な司書さん達に御協力戴きました。司書さん達の適切なアドバイスやインスピレーションのおかげでこのブログが出来た、というより、その方達がいなければこのブログは生まれていなかったと痛感しています。感謝。

 

 著者についての情報やご意見を戴ける方はこちらまで。
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モダニズム短歌を理解する上で、他ジャンルのモダニズム作品も参照すべきだと思い、モダニズム俳句やモダニズム詩(「詩ランダム」は主にモダニズム作品、「稲垣足穂の周辺」もそれに準ずる)のページも設けました。

稲垣足穂の周辺

 詩ランダム

 モダニズム俳句 目次